書きながら考えたこと。

1992年生まれ。大学で臨床心理学などを学んだ後デンマークに留学し、帰ってからは奈良で働いています。働きすぎず、のんびりゆったり生きたい。

あまりお金をかけずにできる趣味、楽しみ方。

 

これから書くことに目新しさは何もないと思うし、他の人にはなんの価値もないようなことをだらだら書くつもりでいる。

 

ただただ個人的に、仕事が大変でしんどかったりするとついお金を使って発散してしまったりして、けれどそういう発散の仕方ではあまりリフレッシュできないことがよくあるので、普段自分が、あまりお金を使わずにやっている楽しみについてまとめておきたいというだけ。

 

自分がいつか振り返って、ああ、そうだったなってなるために。

 

音楽を聴きながら料理

野菜を切ったり炒めたりする工程はなんでかわからないけど少しクリアな気分になれる。手元に集中して、雑念を振り払えるというのはあると思う。

僕は料理は実験で、かつ遊びだと思っていて、普通はしないような調味料の組み合わせを試してみて、意外とおいしくなったりしたときの喜びは、料理の娯楽要素を高める。

 

実はこだわったらめっちゃお金かかっちゃうけど、マニアックな調味料を最初にそろえてしまえば、あとは安い食材でもおいしいものが作れたりする。

 

好きな音楽を聴きながら料理するとテンションがあがってさらに楽しい。

 

 

サイクリング、ジョギング、散歩

体を動かすことはリフレッシュ効果が高いし、血行もよくなるので大事にしている。

気分や体調、季節や天候によって使い分ける。

クロスバイクを持っているので、春や秋は近くの川沿いをサイクリングすることも多い。

大学のころにセールしていたのをたまたま見つけて買った3000円のナイキのランニングシューズも重宝している。蛍光色だから夜も安全だし、ランニングだけじゃなくて散歩にはいても歩きやすくて気持ちいい。

 

僕は中学のころに陸上をしていたのもあって走ることが好きで、しんどいんだけど気分が高揚して、かつストイックなメンタルになれるので、すっきりしたいときや、自分に厳しくしたいとき、今やっていることをもっとがんばりたいときなんかはよく走る。

ランニングをするとセロトニンやエンドルフィンなどの脳内物質が出るみたいで、とても気持ちいいし、その後もいい気分でいられる。

 

歌う

ブログで書くようなことではないのかもしれないけれど、僕はよくひとりで部屋で歌を歌っている。楽器は得意じゃないのでただ歌う。ダウンロードした好きな洋楽を流しながら、ネットで調べた歌詞を見てカラオケのように歌っている。

 

夜、ウイスキーなどをちびちび飲みながらほろ酔い状態でこれをするととっても楽しい。近くにカラオケもあるのでたまにいくけど、平日の昼に行くと1時間300円台とかですんで安い。

 

リフティング

大学生のころバイト先の先輩にサッカーボールをもらったのが家にあるので、たまに一人で夜の公園でリフティングをしている。球技のなかでサッカーが一番苦手だったんだけど、練習したら最高で17回くらいはできるようになった。

自己ベストを更新する喜びがあってこれもおもしろい。夜、人のいない公園だと意外と恥ずかしくないから、球技が好きだけど近所に付き合ってくれる友達がいない僕みたいな人にはお勧め。

 

映画レンタル

これは本当にコスパがいいと思う。ネットフリックスとかそういうのを使えばもっといいんだろけど、僕は店でたくさんあるなかから選ぶのが好きなのでレンタルショップを使う。

旧作100円とかで名作も見れるのは本当にお得だと思う。テレビかプロジェクターと、DVDを再生できる媒体さえあれば家で無限に映画を楽しめる。

 

読書

図書館で本を借りればタダ。

最強にコスパのいい娯楽だと思う。

 

語学

最近北欧の記事をたまにネットで読むことがあって、いちいち翻訳にかけるのがめんどくさいからデンマーク語やスウェーデン語を習得しようと思っているんだけど、図書館で本を借りれば異国の言葉をただで学べる。

話せるようになるには実際にネイティブの人と話す必要がありそうだけど、ある程度のリーディングができるようになるだけなら本でいける気がしている。

CDをついている本を借りればリスニングや発音も練習できる。

 

 

ボードゲーム

別にボードゲームに限らないと思うんだけど、ゲームって初期投資さえすれば

結構長いこと楽しめるから、コスパがいいと思う。課金したり、新しいのにどんどん手を出してしまうとお金がかかるんだろうけど。

 

ボードゲームは、複数人で対面でするから、他の人と楽しめるのがなお良い。

会話も弾むし、その人の人となりもみえてきて、特にかけひきのあるカタンのようなゲームなんかは、コミュニケーションそのものを楽しむことができておもしろい。

 

まあ、たまたま僕が好きってだけで、ポケモンにはまっていたらポケモンって書いていただろうけど。

 

 

ざっとこれくらいかな。

 

今年からはじめた家庭菜園はそんなにコスパがよくないのかもしれない。楽しいからこれからも続けるつもりでいるけど、土を買うのにわりとお金がかかってしまうし、車がないと運ぶのも大変だ。

 

お金だけじゃなく労力も込みで一番簡単なのは人と話すことで、一緒にごはんを食べたり、冗談を言い合ったりできる関係の人が近くにいたらいいよなーと思ったり。

パートナーを探さないといけないな。

 

 

考え事のメモ。(思考の流れをただアウトプット、まとまりのない文章です。)

昨日まで5連勤(うちの職場は仕事がハードなので長い連金は避けたシフトが多く、5連勤珍しい)のあとの宿直、しかも昨日は8時間のガイドヘルプだったのでへとへとになりながら働き、なんとか乗り越え、今日はリフレッシュするために近所でサイクリングなどをしていた。

 

最近、友人からいらなくなってPCをもらって、それが使いやすいからよくメモ帳に考え事を書いて残したりしている。

 

とりとめもないようなことが多いのだけど、今日はなんとなく、しっかり考えたかったから、あえてブログに書いている。

 

仕事がここ最近、ハードで、自分のするべきこと、したいことが見えなくなっていた。

パートさんが一人入院しているために福祉ホームの仕事が今週はほとんどで、利用者の要求にこたえたり家事援助のルーティーンをこなしていくことに追われて、少し自分を失いかけていた。

 

自分を見失いそうになっていたのは仕事の外でも同様で、デンマークでゆっくり時間をかけて考えていた、日本に帰ったらやりたいことを自分はできているのか、そもそも何をしたかったのかということさえ、薄れていた。

 

実際に福祉の現場で働いてみて、また、関わりたかった精神保健の分野でもボランティアをしていて、新しいこともたくさん見えてきて、自分が今できることの限界であったり、デンマークで思っていたことと日本の現実とのギャップなどがわかってきたこともあると思う。

 

ただ、最近は現状に対して主体的に関わっていく、何を意識して、どういう働きかけをするかということさえ、できなくなっていた。

日々の仕事の負担が大きすぎたんだと思う。

 

今の職場は、どの職員も結構いっぱいいっぱいになっているように見えて、

それはみなが利用者や目の前の仕事に全力で向き合ってるからでいいことだとも思うんだけど、もう少し、仕事終わりにご飯に行ったりするような余裕があればいいのにと思う。

明らかに全体の仕事量が多いように思うし、年に5回くらいあるイベントに費やす労力も相当なもので、だけど経営陣はそれをやめる気がないどころか、さらに新しいプロジェクトを推進していこうとしている。

前に進み続けるからこそ、価値を発信していけるのだとも思うし、やってるほうも楽しいのだけれど、もう少しゆとりを持って、ときには休みながらやれたらいいのに、と思う。

 

日本の福祉職の余裕のなさという点に関しては、デンマークでも問題に思っていたことだし、他の人が新しいプロジェクトを進めるのなら、自分は、その人たちが働きやすい環境を整えていくことをすればいいんだなと、それがオーバーワークの、この組織のなかで自分の果たすべき役割だと感じるし、それをこれからしていきたい。

 

自分は支援センターという、地域の人たちの支援をする部署と福祉ホームの2つで兼務しているけれど、今度3年目の人が異動になって離れてしまい、新人の割合が高くなる。

各々が自分の判断で動けるこの職場は、やりやすい部分もあるけれど、利用者のニーズにただ答えるだけになってしまったり、情報共有をしないとケアがガラパゴス化というか、ひとりひとり独自のものになってしまいやすいとも思う。

 

もっと振り返りをして、コミュニケーションをとる必要があるし、そこでスタッフがしんどさを吐き出せるようにして、快適に余裕をもって働けるように考えていこう。

 

利用者のことばかりになりすぎてしんどくなって、利用者のことが嫌いになってはだめだ。人としての価値は利用者も働き手も同じなんだから、自分の気持ちも大事にしていかないと。

とにかくもっと、自分の状態を伝えて、同僚の状態も気にかける。

いい状態で働けるように環境や考え方を変えていく。

 

これから時間をかけて取り組んでいこう。

大阪入管の監禁のニュースを知って思うこと。

www.tokyo-np.co.jp

 

 

最近、ブログにまじめな話を書くことが多くて、久しぶりにどうでもいいようなことを書いてみたいなあなんて思っていたのだけど、あまりにもファックなニュースを見て書かずにはいられなくなったので、今日もまじめに書きます。

(まじめってなんだろう)

 

リンクを貼ったニュース。外国人収容施設で6人部屋に17人を24時間以上閉じ込めていたという話。

 

「罵声を発したり扉をたたいたりしたため秩序維持の観点から事故発生を懸念、施錠を続けた」と入管は説明しているけれど、人間は何もなければ基本的に罵声を発したり扉をたたいたりしないので、おそらくそれまでにも何かしらひどいことをしたのだろう。

 

入管で働いている知人はいないし、職員サイドの事情はわからない。あまりにも過酷な労働環境で、大量の外国人を収容しておく必要があって、厳しい管理体制をとらざるを得ないのかもしれない。

精神病院とか、児童福祉施設に似たような構図も思い浮かぶ。

 

けれど、こういったことができてしまうことにまず違和感を覚える。

 

法的にもそうだし、そもそも一般的に、罪を犯したわけでもない人にこのような扱いをする権利が、入管の職員にあるのだろうか。

 

日本人に、外国から来た人の住む環境を決める権利がどこまであるのだろうか?

 

もっと言えば、一人の人間の意思で他者の環境を決定することは、許されていいのか。

 

まあ、法的なことも世界的な常識も細かい事情も何も知らないのでとても情緒的な書き方になってしまったのだけれど、こういった対応は日本人にとってもデメリットしかないように思う。専門家でもなければ、わかりやすく論理的に書いて広くシェアされたいわけでもないので、感じたことをひたすら書いていく。

書くことで不快感を吐き出したいだけかも。笑


超わかりやすい記事を見つけたので、

詳しく知りたい人はこちらを。

 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58249

国のイメージを決める言動

このニュースを知ったとき、ナチスソ連がした、強制収容を連想して、それに似たことを自分の国がしているように思って本当にいやな気持ちになったのだけれど、そのあとに少し冷静になってから思い出したエピソードが3つある。

 

ひとつは、中学生の担任の先生がホームルームで言っていた話。サッカー部の顧問で体育の先生をしていて、まっすぐな印象の人だった。

 

その先生が過去にオーストラリアかどこかに行ったときにたくさんの国のが集まるキャンプか何かのイベントに参加したとき、「自分のふるまいが他国の人にとっての日本人のイメージを決めるんだ」と感じたということを、終わりの会か何かで僕らに話してくれた。自分が人に親切にすれば「日本人は優しい人」と思われるだろうし、無礼なことをしたら日本人がみなそういう人だと思われるかもしれない。日本の代表としての意識を強く持ったと。

自分は今25歳で、もう10年以上前の話なのに、なぜか覚えている。連想ゲームのように、きっかけがあれば繰り返し思い出す話だ。

 

最近、このことを思い出すきっかけになったのが、沖縄出身の友達とベトナム料理を食べに言った日に聞いた話。

「最近移民のことに興味があって、ベトナム人移民が増えているときいたからベトナム料理店に行ってみたい。そこに行けばベトナム人の話を聞けるかもしれない。」と言って奈良に来たその友達をベトナム料理屋に誘っていた。

 

どういう話の流れやったか忘れたけど、その友人がこんな話をしていた。

「自分は外国人観光客の多い沖縄で育ったけど、小さいころから家族に、「外国人には親切にしなさい。あなたの行動がその人にとっての日本のイメージを決めるんだから」って言われていた。だから自分は(今住んでいる)京都で外国人に会っても道を聞かれればなるべく丁寧に答えるし、できることは手伝うようにしている」

沖縄というのはアメリカを始め、外国との関係の中で揺れてきた地域で、だからこそ、外国人を敵に回さないようにするというのがあるのかもしれないけど、日本に来た外国人からすれば、日本には英語を話せない人も多いし、不安なことはたくさんあるだろうから、優しくしてもらえれば本当に有難いだろうなあと。

 

3つ目は、デンマーク留学中に、あるイベントに参加したとき、会場の敷地が広くて行くべき場所がわからず、混乱していた僕に声をかけて、目的地まで案内してくれたクルド人のこと。

会話のなかで当たり前のように僕に出身国を聞き、自分がクルド人であることを伝えてきた。

 

帰ってからインターネットでクルド人のことを調べてみると、たくさんの人が難民になっていて、ヨーロッパ各国に移住していることを知った。彼らの境遇は概して楽なものではないだろう。

僕に親切にしてくれたクルド人は、自分が人に優しくすることで、同胞であるクルド人が世界の別の場所で人に優しくしてもらえればいいと思っていたのかもしれないなと、あとで思った。

 

さて、入管の対応は、その人権侵害的な意味でのひどさがまずショッキングだけど、日本人に対する大きな負のイメージを、彼らに与えるだろう。

そのことはバタフライ・エフェクトのように回りまわって、この記事ではどこの国か明かされていない”外国”をいつか僕ら日本人が訪れたときに出会う人たちが持つ、日本の印象に影響を与えるかもしれない。

これだけSNSが普及して、情報が外国にすぐに伝わるこの時代に、(少なくとも、もしいつか海外にいくことがあるのなら)僕らは他の日本人が外国人にしていることに敏感になっていないと思うし、それがよくないと思うなら、声を上げて、変えていった方がいいと思う。

 

偉そうなことを書いたけど、どうやって変えたらいいのか全然わからないので、これから考えます笑

僕が移民のことに少し詳しくなるまでの経緯②

 

友人から使わなくなったノートパソコンをもらい、

かなり快適なPC生活を送れるようになった。

これまでは画面がバキバキになったPCをテレビのディスプレイにつないで使っていたから、少し不自由だった。

 

PCでの作業がしやすくなったから、これから少し、書きながら考える頻度を上げて行きたい。

 

移民のことに関心を持っていたのは、前回も言ったように望月優大さんの

影響が大きいんだけど、彼の書く文章に惹かれたのは、彼が少数民族の置かれた状況に

関心を持っていて、彼らに寄り添いながら優しく強い言葉を発しているからだと思う。

 

少数民族やマイノリティーの物語に魅了されるのは、僕自身が母親のいない家庭で育って、子供のころから周りと自分が異なるという意識や孤独感を抱いていたからだと思う。

 

本を読んで、最近日本にベトナム人の移民が増えていると知って、行けば何か情報が得られるかなあと思って先日訪れた奈良のベトナム料理屋さんは、繁盛していてあまりゆっくり話を聞ける状況ではなかった。ベトナム料理はおいしかったけど。笑

 

一緒に食べに行った大学からの友人に今大学で学んでいるベトナム人留学生の知り合いがいるらしい。その人といつか知り合って何か話を聞けるかもしれない。

急がなくてもいい。 

 

 

そういえば今日、こんな記事を見つけた。

www.refugee.or.jp

「昭和の終わりから平成にかけて、日本人男性とフィリピン人女性との間に多くの子どもが生まれました。子どもたちはJFC(ジャパニーズ・フィリピノ・チルドレン)とも呼ばれ、その数は現在日比両国で数十万人にのぼるとも言われています。」

 

そのように、この記事を紹介する望月さんのFBには書かれているけれど、自分はそんなことをまったく知らず、それが衝撃だった。

 

 


 

今増えているベトナム人、ネパール人の移民。

けれどその前は中国人や韓国人が多かったという。昭和と平成の境のころには、フィリピン人女性がたくさん日本にやってきていた。

 

今もたくさんの外国人を、奈良で住んでいて目にするのに、彼らの国と日本の関係を、僕はほとんど知らずにいる。

けれど何かしらの理由があって日本を訪れる彼らは、きっと日本と母国との関係を僕以上に知っているし、「日本」という国へのイメージも明確に持っているのではないかと思う。それをまったく知らないで、たとえば日本が他の国に対して過去にしてきた残虐な行為を知らぬままその国の人とかかわるのは、少し怖い。

 

考えがいまいちうまくまとまらないけれど、日本人との関係の中で苦しんできた人や、

今現在苦しんでいる人がたくさんいるだろうことは気に留めておきたいと思う。

人は自分が傷つけたことはすぐに忘れて、傷つけられたことを心にとどめてしまうものだから、もっと謙虚に、歴史や、他人の人生から、学んでいかないとだめなんだろうな。

 

 

そういえば、先日DVDを借りてきて見た、スカンジナビア北部などに住む少数民族サーミ人のこの映画も、めちゃくちゃ考えさせられた。

movie.smt.docomo.ne.jp

 

スウェーデン人がサーミ人にしてきたのと同じようなことを、

きっと日本人もアイヌの人たちにしてきたし、距離が少し遠くて方言や文化が少し異なる沖縄県民にも、過去にしてきたし、今も基地負担の押し付けなどがあって、なくなってはいない。

 

日本人の両親から生まれ、大阪で育ち、関西弁で話す自分は、民族的には日本という国ではマジョリティだということをこの映画で思い知らされた。自分の血のことで、これまで一度も苦しんだことがなかった。

 

どんな集団でも、多数派でいるほうが基本的には楽にいられるし、逆に自分が周りの多くの人たちとと違う部分があれば、そのせいで窮屈に感じることはよくある。

だからこそ、その違いを、その人の個性を、周りの人たちはできるだけ寛容に、できれば肯定的に受け止めてほしいし、自分も他者に対してそうでありたい。自分や、自分たちと異なるその人の特徴を、集団にいい刺激や変化を与えてくれるものとして、より多様なメンバーからなる、おもしろい組織に変えてくれる存在として受け止めたい。

 

高校のときの担任がよくホームルームの時間に言っていたこと。

「一人ひとりが違っても、変でもいい。多様な人たちからなる組織の方が強い」という言葉を、何度も何度も思い出しながら、これからも生きていこう。

 

 

僕が移民のことに少し詳しくなるまでの経緯①

今自分は移民の問題に関心を持っていて、

たぶん3か月後にはそこそこ詳しくなっているだろうと思う。

 

ベトナム人やネパール人の移民が増えているけれど、一般に日本人がそうした人たちの生活状況を知る機会は、接点がない限りあまりないんじゃないかと感じている。

実はテレビなどで報道されているのかもしれないけど、たまにしかテレビを見ない僕にはわからない。

 

けれどtwitterで望月優大さんのアカウントをフォローしていて彼らのおかれた大変な境遇が伝わってくるし、国際関係のサークルに大学のころ入っていて、東南アジア出身の友人もいる自分は、何か彼らとかかわりを持って、ほんのわずかでも何か役に立つことができないかと感じていた。

 

昨日、休日だったのでいい加減、積極的に学んでみようと思い、図書館で本を借りてきた。

「新移民時代」という西日本新聞社の取材班の連載から生まれた本。

ネパールやベトナムから日本に移り働くひとりひとりの若者に取材し、人を中心に彼らから見える世界を描いているので、内容が入ってきやすい。

 

最新の情報も西日本新聞社のホームページから読める。

 

www.nishinippon.co.jp

 

この本によると、日本で日本語などを学ぶ外国人留学生が法的に28時間しか働けない制限が、彼らの貧困や過労死を招いているようだ。

詳しくはこちら↓

 

toyokeizai.net

 

日本語学校や、利益重視の出身国の留学ビジネスによって、日本に来れば高収入が得られるという理想と、実際は長くは働けない(28時間)し低賃金という現実とのギャップが大きくなっている現状もあるよう。

 

ただし、本の出版は昨年末なので、SNSによる情報の拡散は早いから、取材時と今では状況が変わっている可能性がある。

 

今自分が住んでいる奈良で、移民の人たちとかかわりが持てないかと考えている。

近鉄奈良駅近くのベトナム料理屋さんに一度行ってみて、店長に話を聞こうかな。

 

www.nippon.com

職場で始まろうとしていることと、職場の何気ない日常(人が読む価値はないほどのメモ)

 

きちんとした文章を書くのが面倒な気分なので、メモ書き程度に。

 

 

最近、職場のある奈良市の六条山地域でプライベート美術館という、

障害のある人の絵画作品を一定期間誰かの家や病院等に貸し出し、その絵画がその場所にあったことによってどんなことが起きたかを継続的に写真を撮影して残し、それをまた展示するという取り組みが始まろうとしている。

 

今日はそのミーティングに参加したくて、休日やったけど職場に行ってきた。

ついでに、職場に忘れていたケータイを探す目的もあったけれど。

 

そのミーティングで、障害のある人のことを一方的に知ってもらいたいだけじゃだめだとか、興味のない人にも楽しんでもらう、街の人にとってのメリットってなんだろうとか、そんな話が出てきて、別の人がやろうとしている駐車場に石窯を作って石窯で焼いたピザを作るイベントの話が出たり、今福祉ホーム内にあるカフェをブックカフェ風にしようとか、話がいろんなところに飛んで、挙句「なんの話やねん!」って2年目の僕が16年目の先輩に突っ込むくらいに。

 

でもどれも面白そうで、これから職場が動いていくことに、ワクワクしている。いざやるとなると大変なんやろうけど。自分が留学していたデンマークの全寮制の学校、フォルケホイスコーレの魅力も、「学校の中で常に何かが変わっていく」ことだった。構内で新しいイベントをしたり、トランポリンを設置したりサウナを作ったり。そんな雰囲気を日本で、職場で味わえるとは思っていなかった。

 

ミーティング後、もうひとつの部署のほうにケータイを探しに行くと、

こっちもみんなわちゃわちゃしていたけど、なんか楽しそうな雰囲気だった。

 

「いろんなことがうまくいかない・・・」とつぶやいて嘆いている人がいたら

「○○さん、おーちーついてー」とまるで子供をあやすような口調で、気を配ってるのかからかってるのかわからないような返しをする人がいたり、みんな仕事にはめっちゃ真剣だしバリバリ働いてるんだけど、学生みたいなノリで職員同士が話しながら仕事していて、忙しい時とか余裕のないときにも遊び心を失わずに働いてるのほんまにいいなあって思った。

 

自分がここに就職することを決めた理由ではないけど、この職場を好きになった大きな理由が「笑いのレベルが高い」ことだった。こういう関係性を、今後もし転職したりしても、そこの人と作っていけたらいいなと思う。平成30年に、こんなにミーティングで笑ってる福祉職の人たちがいるよってことをなんとなく残しておきたくて、書いてみただけ。

ログボー

はてなブログにあまりに個人的なことを書くのがすごく恥ずかしいんだけど、(そのわりにこれまでも書いてきてはいる)しばらくこのブログをそういう目的で使おうと思っている。

何かのテーマについてというよりは考え事、感じたことなどを。

 

 

タイトルのログボーっていうのは、デンマーク留学中に紹介された、自分の今後の進路について感じていることや、そのときそのときに転換のきっかけになったできごとをメモして残していく記録のようなもの。

 

これまでは今働いている奈良の福祉施設で働きながら、最短で精神保健福祉士をとってそっちの方向に転職するつもりで考えていたけれど、もう少し、最低でも5年くらいは今のところにいようと、考えが変わったので、そんな今の気持ちをここに残そうとしている。

 

 

メンター制度

今の職場で、定期的に先輩職員が悩み事などの話を聞いてくれる制度があり、自分は毎月7年目くらいの先輩に聞いてもらっていた。

10月から仕事を始めたので9月でラストだった。普段は和室で聞いてもらっていたけど最後は2人ともアウトドアが好きなのでたき火をしながら行った。

 

今日は、12か月間の振り返りみたいな感じもになって、自分が入社まもないころから労働環境をよくする必要性をめっちゃ訴えていたこととか、児童デイでやっていることが自分にはすごく窮屈で子どもの自由を奪っているように思えてしんどかったことなんかを主張していた話が出ていた。その話を振り返って、やっぱり今の職場の多くの人と自分は考え方が違う部分が多いなとか、でもそんなことを主張していた自分のことを受け入れてくれていた職場の人たちの懐の深さを感じた。

 

一方で、違う意見のメンターの人と議論で対立することもあって、そこで感じていることや自分の思想や価値観をぶつけたけど、それってめっちゃ主観的だし、障がい者福祉という分野についてあまりにも無知なのに教育についての考え方とか主張しても仕方のないように思えて、もっと勉強しないといけないと痛切に感じた。自分が不安に思ったり、ほかの人のやり方をみて違和感を覚えてもやもやするのは、知識や経験、理論から出た自分のかかわり方がなくて、空虚で不安定だからだなって。もし自分なりのかかわり方をその子供やメンバーとの間で構築できれば、もっと自信がもてるし、人のやり方を否定的に感じたりすることなく、違うかかわり方を受け入れることもできるだろうって。

 

 

デンマーク以前

自分の人とのかかわり方、なるべくその人の意思を尊重したいとか、子供であっても、対等に接したいとか、自他の自由を認めあえる関係性がいいとかって、デンマークで留学中に受けた教育から来ていたと思っていた。

 

でも、実は大学の教育学部で勉強しているころ、苫野一徳さんの本を読んで感銘を受けていたことを今朝、その人の記事を偶然ネットで見つけて思い出した。

 

カリスマ教師が担任した翌年はクラスが荒れる!?―「今度の先生面白くないんだもん」の言葉で気付いた「教師の役割」(教員養成セミナー) - Yahoo!ニュース

 

自由の相互承認の実現を教育の目標とする。だから教育は押し付けではだめで、その人の選択を尊重し、相手の選択を尊重できるような信頼の構築や、議論しあえる土壌を作ることが大事なんだって、デンマークに行く前から感じていたんだ。

 

けれど、相手のことを何も知らずに、障害のある子供に対してたとえばご飯を食べる量を自分で選ばせる。「食べたくないなら食べなくていい」は確かに無責任かもしれない。

障害特性を理解しながら、その人にどうかかわっていくかを考え続けること、その人の幸せになる方法を悩み続けることは大事で、とにかくもっと積極的に学ばないと、きめてかかってたら、自分の価値観でかかわっていてはいけないなってすごく思った。

 

 

回り道

自分は精神病の人の支援がしたいと思っていたけど、他者理解とか、その人のことを知ろうとして相手に合わせる姿勢、その人から障害特性やかかわり方について学ぼうとする姿勢などは、たとえば脳性麻痺自閉症の人とのかかわりも、精神病の人とのかかわりも共通しているんじゃないかと思う。

 

焦らず、今は目の前のことにきちんと向き合いながら、自分の経験やほかの先輩、同僚、後輩たちと話をたくさんしながら学んでいきたいと思っている。

 

大阪精神医療人権センターのボランティアで、精神病の人とかかわる機会を保ちながら。

 

 

安心できる場所

今の職場は、母親がおらず、荒れた家庭環境で育った自分にとってもかなり居心地のいい場所で、皆が信頼しあっているのがわかるし、理不尽な怒られ方をすることが全然なく、意見を受け止めてもらえる場所でもある。ここを拠点にして、学びのベースにしながら、ほかの活動やイベント、外の人との話などからもいろんなことを吸収していけばいいんだろう。

 

 

マイノリティーの苦しみ

そうはいっても、自分があまりにほかの人、特にうちの職場の人たちにない弱さや特徴を持っているのも事実で、(大勢の人と長時間かかわるのが苦手とか、安定して愛想よくふるまうことができないとか)そういったことのために今後理解されず苦しんでいくことは覚悟しないといけないと思う。

 

それはたぶん、外国人労働者や、自分と同じような父子家庭の人たちなんかも共通して持っている、価値観のズレによる苦しみであって、そこはもう、仕方ないから、自分のことを理解してもらおうとする前に、職場の常識とか、価値観をいったん学んで受け入れていこう、これから。そのうえで、自分の限界や、それでもほかの人たちのためにも変えていくべきだと思う点については頑固に主張を続けたらいい。

 

最後に、日々の悩みを相談できるような場を職場内に設けることができたらいいなと思っていることも、メモしておこう

兼務しているうちの片方の、福祉ホームのスタッフとも、食事にいって話し合ったりできたらいいな。