気ままに暮らすためのブログ

1992年生まれ。大学で臨床心理学などを学んだ後デンマークに留学し、帰ってからは奈良で働いています。働きすぎず、のんびりゆったり生きたい。

耳栓の効用

 

 

4日後に京都から、勤めている法人のある奈良に引っ越すのだけど、7月末からの3か月強、出町柳から西ノ京まで電車+徒歩で1時間40分以上かけて通勤してみて気付いた耳栓の効用について少し書いておきたい。

 

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電車内のストレス

通勤時間が長いとは言え、京都から奈良に電車で通うのは比較的楽な方だと思う。というのも、京都に住んで奈良に通勤、通学をする人はあまり多くないので、朝晩の電車で座れることが多いからだ。

 

毎朝電車の座席に座って京都と奈良の県境あたりの、のどかな田園風景をのんびり眺めたり、ゆっくり本を読んだりすることができるのはむしろ幸せかもしれないとも思う。

けれど夜、一日の疲れがたまった状態で長い時間をかけて電車にゆられるのは、いくら席に座れたとしてもしんどい。

電車の走行音や振動に、やたらとうるさい車内アナウンス、知らない人が近くにいる窮屈さ…

 

 

パーソナルスペースの広さ

他人に近付かれると不快に感じる空間のことをパーソナルスペースと呼ぶが、僕はこれが人よりも広い。そのため電車の座席ですぐ隣に人に座られるとしんどく(交感神経が働き、緊張が高まる)、疲れているときにすぐ隣に人が座ったりすると、悪く思われないか心配しながらも席を立って人の密集していない場所に移ることさえある。

 

僕の場合、帰宅時は朝の通勤時間に比べて車内に人が多いことがほとんどなので帰りは特にしんどさを感じる。

 

 

刺激を減らして自分を閉じること

そんなとき音楽を聴いて気を紛らわせたり、持ってきた本を読むのに集中してみることもあるんだけど、仕事で頭を使ったあとだとそれもしんどくなる。とにかく情報を遮断してリラックスしたいとい思う。

 

そんなときに役立つのが耳栓だ。耳栓をして目をつぶれば、外界の情報をかなり減らせてリラックスすることができる。家の最寄の駅に帰ってきたときの疲労感は、電車で耳栓をしていたときの方がよっぽど少なく、電車を降りたときには疲労が回復してると感じることもある。

 

長時間通勤の人にはとてもお勧めのアイテムなので、一度試してみてほしい。

 

ちなみに、すでに多くの人に知られていることかもしれないが、耳栓は快眠アイテムのひとつでもあって、耳栓をして眠ると朝起きたときにすっきりすることが多い。いつもより短い睡眠時間で回復しやすいので、寝るときにつけるのもおすすめです。

 

 

ではでは

 

 

 

久しぶりにぐだぐだ綴る雑感

 

最近政治関係の少しかための話が多かったので、久しぶりにどうでもいい日記のような雑感をつらつらと書いてみる。

 

10月から正社員として奈良の社会福祉法人で働き始めて3週間。

人と直に関わる仕事はやっぱり刺激的でおもしろい。

 

ただ、今週の中盤は異常に仕事時間が長い日が続いてくたくたになった。

 

僕の勤める部署は訪問入浴介助や日中一時介護、児童デイのプログラム、入居施設での仕事など、さまざまな仕事がどの人に対しても割り当てられていて、それぞれの仕事の時間もバラバラなので、9時から6時までという定時ではなく、遅くまで働く日もあれば昼間だけの日、午後から勤務の日などもあってバラバラなのです。

 

今週は火曜日と水曜日に9時から21時まで勤務が二日続いた後そのまま宿直研修、そして宿直の後木曜日に日中の居宅ケアが入るというものすごいスケジュールだった。

 

元々は木曜日も21時までだったんだけど、部署のトップの人にしんどいことを訴えたら木曜日は15時までで帰らせてもらえた。

 

15時に帰る贅沢

 

僕は今まだ京都に住んでいて、1時間40分くらいかけて職場に通っている。

だから15時に終わったらだいたい家に戻るのは17時ごろ。

 

 

久しぶりにまだ明るいうちに京都の出町柳駅に戻れたのは本当に幸せだった。

「これから寝るまで自由な時間がたくさん残っている!」という喜びである。

 

とりあえず溜まった疲れをいやそうと、久しぶりに行きたかった銭湯へ。時間があるので家から少し遠いけれど露天風呂や広い浴槽がある船岡温泉をチョイスする。

天気は曇り空で小雨が降りそうだったけど気にせずにクロスバイクで向かった。

 

www.kyo1010.com

 

 

のれんをくぐり、温泉やスーパー銭湯のようにゆとりのあるフロント(番台)で料金を払って脱衣所へ。

 

男湯の脱衣所に人は数人しかいない。雨の降りそうな天気だというのもあるけれど、平日の夕方5時すぎだというのもあるだろう。

おじいちゃんぐらいの年齢の人が何人かと、若い外国人観光客(たぶん大学生か高校卒業後のギャップイヤーだろう)が3人ほどだ。

 

人ごみが嫌いで、広い空間が大好きな僕には、広い浴室に少ない人数しかいないこの環境は最高の贅沢だ。

 

最初に体を洗い、ジェットバスやサウナ、水風呂に入ったあと、ヒノキでできた5人くらい入れる銭湯にしては広めの露天風呂へ。なんと誰も入っていない。貸切状態である。

 

「最高かよ」と思わず口にしてしまった。

平日に貸切の露天風呂に入れるなんて、最高の贅沢である。

 

他に誰もいない露天風呂に入って体も心も癒されながら、僕は考えていたのだ。

 

 

3時に仕事が終わったら、車で2時間くらいの少し遠い温泉に、平日でも余裕でいけるじゃないか!

 

僕は温泉や銭湯が大好きなのだ。

 

そして僕は決めた。

30歳までに独立しよう。

そして、毎日とは言わないけれど、朝8時から15時まで働く日を平日2回くらいは設けて、その日に温泉をめぐる生活をしよう。

 

僕が留学したデンマークでは16時には家に帰る人が多かったから、週2で15時に帰るのも不可能ではないはずだ。もし仕事量が多いなら、週3日は20時まで働けばいい。

 

もし叶わないとしても、そんな生活に近づけるような努力をしよう。

 

そのために早めに資格をとって、すでに独立している人に積極的に話を聞いていこう。

人生1度きりなんだから、自分の望む生き方を目指していこう。

 

 

そんなことを、素っ裸で考えていた木曜日だった。

雇われている今は、休日を充実させることに命をかけたい。

 

薄給やけど、お金がそんなになくてもできる楽しみはたくさんあるのだ。

立憲民主党は消費税増税を主張したほうがいいと思う。

kikikiron.hatenablog.com

 

 

しっかりした文書を書くほど時間がないけれど、今主張したいことがあるので簡単に。

 

民進党の前原さんがなぜか希望の党に合流し、民進党が崩壊したようだ。

 

 

僕は上のブログに以前書いたように、以前から前原さんのブレーンである財政学者の井手英策さんの、格差是正のための政策提案に共感していた。

 

そのため前原さんが代表になった民進党を応援していたんだけど、今回の理解に苦しむ動きを受けて、衆院選は、(少なくとも比例代表は)共産党に投票することに決めた。

 

共産党議員の国会での質疑は質の高いものが多いと思うし、主張も安定している(ずっと野党だからというのはあるかもしれない)。

いくら無党派リベラルの受け皿がなくなり共産党議席が増えたとしても、今回の選挙後に共産党が政権を担う可能性はまずないと思うが(だからこそ安心して、というのもある)、「野党に共産党の議員が増えて、経済的、社会的に苦しい立場の人の立場をしっかり考えて話す人の声が国会で大きくなる」ことを望んで僕は共産党に投票する。

 

僕は外交や防衛のことにはまったく詳しくない。ただ、直観的に言って、安倍政権の北朝鮮への圧力のかけ方はリスクが高いと思うし、憲法9条の変更でさらに、東アジア圏で戦争が起きるリスクが高まるように感じるから、憲法9条の変更に反対している共産党はその点でも支持できる。

 

一方、共産党の主張で賛成できないのが、消費税増税に反対していること。

消費税は逆進的(経済的に余裕のない人からたくさん税金をとる)だという主張に僕はあまり共感できない。というのも消費をたくさんするのも間違いなく富裕層だし、国民全体が消費税という形で税金を払えば今よりも社会保障に回せるお金は増えるし、経済的に苦しい層にしっかりと還元すれば結果的に再分配は強化され、経済的に余裕のない人の生活もましなものになる。そういったお金の循環を増税によって強化する必要があるように思うし、所得税法人税の増加を主張するのは富裕層からの反対が強く実現が困難(できたとしてもなかなか進まない)と感じるからだ。

 

今、希望の党共産党公明党自民党、維新といった主な政党のなかで(実行するかは別にして)消費税増税を公約に書いているもしくは書こうとしているのは自公だけだろう。

それを最初に主張し、消費税増税による社会保障の拡大を訴えていた民進党はなぜか増税凍結派の希望に合流した。

 

リベラルの受け皿となろうというなら、立憲民主党は現実的な社会保障の拡大のための手段として、消費税増税を公約にしてほしいと思う。

 

 

 

 

 

≪ペットボトルサッカーのルール≫

 

 

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留学中、木曜日に取っていた選択授業のアートクラスに飽きてしまった僕は、タームの後半からクラスを変更して、スポーツの授業を受けた。

 

毎回違う種目の競技をするそのクラスで一度、ユニークなルールのサッカーをした。それがとってもおもしろかったので、手軽にできるバージョンにアレンジしたものを紹介したい。

 

得意な人だけが活躍することのないように工夫されたルールで、大人も夢中になれること間違いなしだ。

ぜひ休日にでも友達を誘って公園で楽しんでほしい。

 

 

人数はだいたい8人いればよいが、多ければ多いほど楽しい。

必要な道具はサッカーボールとペットボトル10本、以上だ。

テニスや野球のボールがひとつあればさらにおもしろくできる。

 

 

ルール

 

 

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1.水の入ったペットボトルを10本用意する。(水を入れるのは倒れにくいようにするためなので、別に石ころでもジンジャーエールでもよい。)

 

2.通常のサッカーで言うところの両側のエンドラインあたりに5本ずつ等間隔でペットボトルを並べる(ゴールは使わない)。基本的なルールはフットサルと同じだが、ゴールの代わりにペットボトルが標的になる。

 

3.できるだけ力のバランスが合うように2チームに分かれる。

 

4.各チームの選手はパスやドリブルでつなぎながら、相手コートのペットボトルを、サッカーボールを蹴って当てて倒すことを目指す。

 

5.相手チームのペットボトルを当てて倒した選手は、倒したペットボトルを自陣のエンドラインに手で運ぶ。つまり、相手チームのを倒せば倒すほど自分達の陣地のペットボトルは増えていく。

 

6.ペットボトルをひとつ倒した時点でボールは一旦相手チームにわたる。つまり、一回の攻撃で二つ以上のペットボトルを連続で倒すことは基本的にはできない。一回のシュートでボールがペットボトルを2本以上倒した場合は例外だ。

 

7.ゴールがないのでキーパーはいないが、誰でも自陣のペットボトルに張り付いて、敵に当てられないように守ることができる。

 

 

8.ペットボトルの並ぶエンドラインの外にボールが出ても相手チームにボールが渡ることはない。なので外側からペットボトルを狙うこともできる。

サイドラインは適当に決める。

 

9.制限時間内に相手のペットボトルをすべて奪うか、10分後に敵陣より味方陣にペットボトルが多ければ、そのチームの勝ち。

 

 

 

さらにおもしろくする方法

A.5分が経過した時点で、負けているチームの一人にテニスボールを渡す。テニスボールは味方同士で自由にパスすることができる。

テニスボールを手に持っている人がサッカーボールを蹴ってペットボトルを倒せば、倒したペットボトルに加えて隣のペットボトルも自陣に運ぶことができる。つまり2ポイント獲得できる。

 

自陣のペットボトルの個数が敵陣よりも多くなれば、テニスボールは相手チームに渡る。

 

B .各チームのペットボトル5本のうち一本を黒のテープ、もう一本をガムテープで巻いておく。黒テープのペットボトルを2点、ガムテープのペットボトルを

3点としてカウントする。最初持ち点はそれぞれ8点。相手チームの黒テープやガムテープのペットボトルを倒せば自分のチームにそれぞれ2点、3点追加されることになる。

 

 

デンマークでは体育館でペットボトルではなくカラーコーンを使ってやっていましたが、日本ではペットボトルに水を入れたもので代用しました。

そのためこのゲームのことを僕は「ペットボトルサッカー」という愛称で呼んでいます。

 

※河川敷や、水道のある公園でやると水をその場で汲めるので楽です。

 

※7人以下でもできますが、人数が少ないとめちゃくちゃ疲れるのでお勧めしません。

 

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デンマークで福祉を学んだあと日本で働く僕が、日本の福祉施設の労働環境を絶対に改善した方がいいと思う理由。

 

留学の経験を整理したり、今後の生き方を考えるためにあえて仕事を入れず、少し時間をもてあましていた7月とは打って変わって、8月と9月の前半は大学時代からのバイト先であるパソコン教室や奈良の福祉施設でのアルバイトをして、わりと忙しく働いていた。

もっと忙しい人が日本にはたくさんいるんだろうけど、デンマークのゆったりした時間の流れを2か月半経験した僕にとってはかなり忙しく感じられて、心が落ち着けない期間だった。

 

 

通っていた大学のある京都に今も住んでいるので、奈良に通うのは2時間ほどかかり、通勤時間が長いのも疲労になっている。大学時代の友人に2時間以上かけて自宅から通学しているという人がいた(僕も事情があって4回生の3か月間だけそうだった)けど、それが続けられる人って本当にすごいと思う。

 

デンマークから帰国後、福祉の分野で働きながら精神保健福祉士の資格をとるための勉強をするつもりでいた。

運よく、今バイトをしている奈良の施設で正社員を求めていて、秋からでも働けるというので実習も経験させてもらったのだが、職員の長時間労働の様子を見て勉強との両立が不可能だと感じ、面接の際に非常勤での雇用の継続を希望したのが3週間ほど前のことだ。

いろいろあって、結局正社員として働くことになったんだけど。

 

社会福祉の授業で労働環境を習う 

 

デンマークで僕が学んでいた学校(ノーフュンスホイスコーレ)の福祉の授業は、福祉国家であるこの国の社会福祉制度や、介護理論、対人援助職の

コミュニケーション理論などが中心ではあったが、「(福祉の現場の)労働環境」についてもかなり力を入れて授業をしてくれた。

 

デンマークでは、労働者の権利は人権のなかでも大切なもののひとつで、職種別の労働組合が強い力を持っている。

そんなデンマークはヨーロッパのなかでも労働時間が短い国だが、ただ単に長時間労働が少ないだけでなく、働き手がモチベーション高く働けるように、様々な工夫がどの職場にも施されている。ベストのコンディションで働けないと、仕事の効率や質も悪くなること、プライベートのことと仕事の両方を大事にしてこそ仕事がはかどるという考え方が国全体にあるのだ。

 

 

デンマークの労働条件、労働環境については以下の例が参考になるかと)

 

www.facebook.com

 

二つの労働環境

 

 この国では労働環境はハード環境とソフト環境に二分される。

ハード環境は例えば、職場の部屋の作りや内装、心地よさ、安全性、明るさといったもので、ソフト環境は職員同士のチームワークや関係性、リーダーと他の職員の関係や、各職員がプライベートとのバランスをとって働けているかなど人間関係や労働者の内面に関するものだ。

 

以下、授業で扱っていた福祉施設の例を紹介するが、おそらく一般企業でも大きく変わらない。

 

 

職員の中に、ハード環境を向上させる代表者とソフト環境を向上させる代表者が一人ずついて、職種別の労働組合の研修を受けながら職場の環境向上に取りくみようになっている。

 

たとえば、職場環境に関する匿名のアンケート調査を実施し、その結果をリーダーに伝えて環境改善を求める。デンマークには企業別の労働組合はなく、職種別になっている。企業内に労働組合があると労働組合のメンバーが全員、その会社に雇われることになり、雇用者に対して強い働きかけができなくなるという考え方からだ。

 

それぞれの施設の代表者2人は、労総組合での研修に出るために仕事を休むことが認められていて、当然その日分の給料は保障される。職員の仕事の質を向上させるための代表者たちの活動は、雇用者にとっても重要だ。

 

労働組合での研修で代表者2人は、他の施設の代表者たちと情報交換をし、他の会社に比べて自分たちの施設で遅れているところはないかなどを確認し、もしあれば施設のリーダーに報告し、環境改善を促す。

 

他にもどの企業でも行われているのが、MUSと呼ばれる、直属のリーダーが最低年に1回、労働者がプライベートとのバランスを取りながらモチベーション高く働けているか尋ねるミーティング。人間関係がフラットなデンマークではこういう場で社員は上司に本音で話すことができるんだろうけど、上下関係の強い日本の職場では難しいかもしれない。

 

介護職(ペタゴー)を目指す人たちのための大学 では、労働組合の職員が、労働環境を向上させるための仕組みや、介護の現場で働く際に自分の心身を大切にすることが重要であることなどを話しに来るらしい。それだけ、国民が安心して生きるために重要な、福祉職の職員がデンマークでは大切にされている。

 

日本の状況

 

さてさて、そんなことを授業で聞いて、労働環境を向上させるシステムがデンマークで整っていることにおどろいた僕が日本に帰ってきて福祉施設で働いたり、介護職員初任者研修という以前のヘルパー2級にあたる講座を受けていて他の施設の人の話を聞いていて感じるのは、

 

・労働時間が長くスタッフが疲弊していること

・人手が足りず、雑務に追われていて利用者とゆっくり関わることができないこと

・上司がさらに忙しく、若手職員が利用者との関わり方や悩みについて相談できる状況ではないこと

などだった。

 

 

初任者研修では、「忙しい時こそ丁寧に利用者と関わること、日々のコミュニケ―ションを大切にすること」が強調されるけれど、実際忙しすぎてそんな余裕がない現状があるようだ。

 

僕が働いている職場はまだかなりマシな方で、スタッフやボランティアの数が結構多くて悩みや関わり方を先輩スタッフに相談することもある程度はできるが、

施設によっては利用者の5分の1くらいの数の職員で回しているところもあるようだ。

 

 

普通に考えて、一人の利用者のニーズをしっかりくみ取って余裕をもって関わっていくためには、利用者1 対 介助者1 の割合が理想ではないかと思う。

家族介護や、子育てのことを考えてほしい。家で一人で複数人の子どもを育てるのは大変だし(それをやってるお母さんはたくさんいるけれど、大変なのは事実だろう)、1人で4人のおじいちゃんおばあちゃんの介護をするのは不可能ではないか。

 

デンマークの重度重複障がい者の入居施設では、夜勤固定のスタッフも含めれば利用者の倍の専門スタッフが雇用されていた(利用者46名の施設で100人以上の職員。ちなみにデンマークの障害者、高齢介護施設はすべて公立で、人権費は全て税金から出る)。


僕が留学してわりとすぐに見学に行った、利用者12名で職員7人の障害児幼稚園。そこで理学療法士として働く方は、今の課題として、子どもと余裕をもって関われていないことを挙げ、きちんと関わるためには1対1で対応しないといけないということを言っていた。

 

実際税金も高くなく、福祉国家ではない日本でそれを実現するのは不可能だろうが、

せめて職員1対利用者2くらいの割合を実現するべきだと思う。

 

そうしないと高齢者介護であれ障害者福祉であれ、利用者にとって満足いくケアなどできないと思うし、職員のバーンアウトもなくならない。

ただでさえ給料の低い仕事で心理的・体力的な負担も多く、悩みを相談できる機会や場がないとなると辞めない方が不思議なくらいだ。

 

 

 

日本政府は一刻も早く、介護職員の待遇改善のために手を打った方がいい。

保育士、教員の労働環境が注目されていてそれも本当に大事だが、障害者福祉、高齢者福祉も同様だ。

 

 

 

 

 

携帯、スマホを契約しない生活を4ヶ月続けてみた

http://www.365simple.net/
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最近『365日のシンプルライフ』という、フィンランドの20代の男性が家にあるものをすべて倉庫に預け、必要なものを毎日ひとつずつ取り戻していくという映画を見た。


そのなかで彼は、携帯、スマホをプライベートでは使わない生活をしているんだけど、
自分もそれに似た生活を4ヶ月以上続けているので、ちょっとそのことについて書いてみたい。


僕は今スマホを持っていて、それを使って今このブログを書いている(パソコンは寿命が来たようでデスクトップが荒れるので)。

だけど今年の4月からスマホを解約して、今は本体だけ持っていて契約はしていない状態だ。
だから電話番号はない。


その状態でデンマークに行き、6月末に日本に帰ってからも契約せずにいる。



契約していないスマホを持つメリット

1契約しなくても使える

契約していないけれど以前使っていたスマホを普通に使っている。ネット環境付きのアパート(それでも月4万)を借りているので家ではWi-Fiに接続してGmailFacebookTwitterなど、あらゆるアプリを使えるし、外出先でも駅やバス停、セブンイレブンなどWi-Fiのあるところでは人と連絡をとったり調べものをするのにも使える。

Googleマップはあらかじめ調べておけば、Wi-Fiないところでも自分のいる地点は表示してくれる(機種によるかも)ので、これも不自由なく使える。


僕のスマホはファーウェイの安い機種だがカメラの画質がなかなかいいので、カメラもよく使う。


2ちょっとした非日常感

とはいっても電話は使えないので、電話はよく家の近くの公衆電話を使う。中学のときに携帯を持って以来、なかなか使わなかったので少しテンションが上がる。

家の近くの公衆電話は使う人が少ないために最初蜘蛛の巣が張っていた。

あと、住所がわかっているけれどメールアドレスを知らない人には、葉書を出すこともある。丁寧に時間を使って書くのもなかなか楽しい。


3電車やバスでスマホを触る時間が減る

たぶんこれが一番のメリット。
ネットに繋がってないのでSNSなどにアクセスできない。だから窓から外を眺めたり、本を読んだり、考え事をしたり、ぼーっとしたりする。ぼーっとする時間も案外楽しい。


デメリット

1仕事を始めたら厳しい?
今僕はバイト生活で、これでも問題ないんだけど、正社員になったらたぶんいつでも電話を受けられるようにしないとダメだろう。
僕はこれから月2000円の携帯を契約するつもりだ。スマホは新しく契約しなくてもいいと思っている。



2家にWi-Fiがないときつい
本来Wi-Fiの契約にもそもそもお金がいるので、僕のように元々ネット環境のある家じゃないと、Wi-Fi契約料金がかかってスマホ料金を上回ることもあるだろう。


3相手からの電話を受けられない
ガス会社やクレジットカード会社から、緊急連絡先の親元に電話がかかってくることがあった。そういうときに親や会社に迷惑がかかってしまっているというのはある。

幸いうちの親はそういうのには寛容だから軽く注意されるだけだが、「いちいちこっちにかかって来るのめんどくさいから早く契約しろ」と言われたら従うしかない。


ざっとこんな感じです。


個人的には全然困ることはないし、月々の支払いなしで済むのでできれば携帯もスマホも契約しない生活を続けたいとさえ思っています。

デンマークから日本に帰って感じた窮屈さと、留学して楽になったこと。

 

4月から6月末までデンマークのフォルケホイスコーレ(略称フォルケ。全寮制の大人のための学校。気になる人は下の記事をどうぞ。)に留学して、戻ってきてから1か月と少しがたった。

epmk.net

 

 

戻ってきてからしばらくは留学で学んだことの整理や仕事探しに時間を使ったり、今後の人生のことを考えたり、いろんな人と会って話をしたりしていた。

 

最近就職が決まりつつあって、その職場でのアルバイトがはじまってからまた気分が変わってきて、少し心に留めたいことがあるので書いてみる。

 

先にざっくり内容を言うと、

デンマークから日本へ帰った今、しんどさを感じてるけど、留学で感じたことを日本でのこれからの人生にも生かしていきたいなあと思っている。」そんな話です。

 

なんかつまらなさそうやな…

 

まあ気取らずに適当に書いてみます笑

 

デンマークの雰囲気

 

 

デンマークは本当に人に対して寛容でおおらかな人が多かった。(人に対してって書いたのは自分にも他人にもおおらかって意味です。制度や環境に不満があるとすぐに意見を出して変えていこうとする)

 

以前南欧を旅行していたときは、電車でぶつかってしまって舌打ちされたり、出航ギリギリに港について怒られたりしたこともあったけど、そういうことがデンマークでは2か月半の滞在中一度もなかった。

 

留学生であり外国人の僕に対して寛容なだけじゃなく、デンマーク人同士でも同じだ。

例えば電車に大型犬を連れて乗ってきたデンマーク人の若い女性に対して周りに文句を言っている人はいなかった。そもそも皆結構自由で、博物館の庭に生えていたアスパラガスを、フォルケの先生が勝手にちぎって食べていた。

 

「『ここではこれができる』というのはあるけど、『それはしていはいけない』というルールはこの国にはないんだよ」僕にも食べるように勧めながら、その先生は言っていた。

 

やたらと長く太いそのアスパラガスは生で食べても全然おいしくなかった。

 

学校でパーティーがあれば体育館や外で酒を大量に飲んで散らかし、こぼしまくる。でもあとで掃除さえすれば何も問題ない。そういう感覚だ。

 

 

デンマークの人口密度は日本の3分の1程度。街にいても人は多すぎないし、労働時間を厳しく国が規制していて国民全体が働きすぎることなくのんびり余暇を過ごしているから、そこにいれば自然とリラックスできる。

 

そんな国で約2か月半を過ごした。

 

留学が終わるころ、フォルケで仲良くしていたデンマーク人女性に心配された。「デンマークのフォルケホイスコーレに留学したあとで自分の国に戻ったら適応できないということがよくあるの。特に日本は働きすぎる国だから心配。うまくやってね。」

 

その言葉に僕は、

「自分は今デンマーク人並みに自由なマインドを持っているけど、表面上は日本人に合わせていけるから、大丈夫」

たしかそんなふうに返事をしていた。

 拙い英語やから伝わったかどうかはわからないけど。

 

 

 

 

・帰国して感じた苦しさ

だけど、帰ってからしばらくはやっぱりしんどかった。

 

デンマークは6月でも寒い日には上着がを着る人もいるほど。夏も暑い日は少なく快適だ。

そこから日本(特に僕の住む京都は盆地なので湿度が高くじめじめしている)に帰ってきて単純に外にいるだけで体がしんどいっていうのもあった。

だけどしんどいのは明らかにそれだけじゃなかった。

 

忙しく歩き回る人々、街中にある大量の広告、店に入ると流れているやたらと音量の大きい音楽、お金を使わずにのんびり休める場所が外に少ないこと。

 

情報と刺激が多すぎる…!

 

そして、ほとんどが日本人だから「外ではこうするのが当たり前」、「この状況ではこうすべき」という非言語的なプレッシャーを感じてしまう。

 

僕がそういうのに敏感なのかもしれないけれど、しんどかった。

 

 

経済的なプレッシャーが強かったのもある。

「早く仕事しないと貯金が尽きて生きていけなくなる。」

フォルケは住居も食事も保障してくれたからその心配はなかったんだった。

 

・夏の蒸し暑い気候(京都暮らし)

・情報量の多さ

・非言語的なプレッシャー(同調圧力、義務感)

・経済的な不安

 

帰ってからしばらくこういうことに苦しんだし、今も少し苦しんでます笑

 

 

・留学して感じたこと「もっと気楽に生きていい」

 

一方で、日本にいたって、本当はもっと自由でいいはずなんだとも思う。

 

デンマークは高齢者向けの年金や障害者向けの給付だけでなく、若者向けの社会保障もかなり充実している。大学院まで学費は無料だがほとんどの学生はSUと呼ばれる生活援助金を月8万円ほど支給される。

それに加えて休暇などにアルバイトをして稼ぐから(最低時給約2000円)、学生はかなり優雅な生活を送ることができる。

 

しかも高校を卒業してすぐに大学に行くのが当然というわけでもなく、アルバイト生活を経験してから大学に行ったり、大学を中退してフォルケホイスコーレや別の大学に入り直すこともあって、20代後半までは学生という人が多い。親にお金を出してもらったり、奨学金を借りたりすることなくそういうことができるのだ。

 

僕の友人のデンマーク人(23歳男性)は、ドイツの音大を目指して勉強していたが、かなりリラックスした生活をしていた。

モダンでおしゃれなシェアハウスには絵画や植木、楽器や趣味の本が充実していて、土曜日は近くのロックフェスにふらっと出かけて友人と遅くまで飲んで、日曜日は一日のんびりするなど。

 

生活の余裕がすごいのだ。笑

 

彼はとても性格がおおらかで、当たり前のように自分のしたいことを中心に日々を過ごしていた。

 

経済的な余裕の有無が人のメンタルにあたえる影響は計り知れないと思う。

 

日本にはそんな若者向けの社会保障はないから、こんな優雅な生活は僕には送れないけれど、少なくとも「20代半ばにもなればバリバリ働くのが常識で、自分もそうすべきだ」、なんて固定概念はふっとんだ。

 

したいことをするためにお金が必要だから働く。本当はそれくらいシンプルでいい。

 

もちろん社会のために働きたいって気持ちがあればもっといいんだろうけど、

 

働くのが当たり前で、周りが働いているのに自分が働いていないと不安だから企業に勤めるというのは少し違う気がした。

 

 

 

・日本人でも自由に生きてる人は結構いる

日本は物価のわりに最低時給が高くないから、フリーターとして生きるのは楽じゃないかもしれないけれど、なんだかんだマイペースに生きている人は結構いる。

 

デンマークで出会った日本人は面白い生き方をしている人が多かった。

 

学生と病院勤めを交互に繰り返すような生き方をしている看護師や、10年以上日本の新聞社で働いたあとデンマークに留学に来て、帰国後は転職して全く違う仕事をする予定の男性、結婚後、新婚生活が始まる前に一人で留学に来た女性、高卒後デンマークに来ていろんな人に応援してもらいながらヨーロッパ中を自転車で回っている若者など。

 

大学卒業後バイトをしながら、家族ができるまでは趣味に没頭するという生き方もあっていだろうし、正社員になっても違う仕事をしたくなったら転職するのも別にありだし。

 

 日本で僕の周りの同世代(20代半ば)の人たちを見ていて最近感じるのは、(高学歴の男子は特に)正社員として働かないといけないっていうプレッシャーが強すぎるんじゃないかなってこと。しんどいよね、たぶんそれって。

 

・異文化を知って何が良いのか

海外で暮らしてみることのメリットはいくつもあるだろうけど、そのうちのひとつで僕が大事だなあと感じるのは、

「自分の常識や、無意識的にやっていた習慣やこだわりの中には、

他の国の人から見れば異常なものもあって、その中には、冷静に考えたら自分でもばからしいようなこともたくさんある」って気づくチャンスがあること。

 

 

例えば「長時間でも働くのが美徳」とういう価値観や、週末もパソコンカタカタやってなんか作業したり、本読んで何か学ぼうとしたりする習慣(僕の出身大学だと結構そういう人多い)は、デンマークやアフリカの多くの人たちからすれば結構異常だし、「週末は外で遊びなさい」ってむしろ怒られたりする。

 

 袋を持っていけば済むのに毎回コンビニでビニール袋をもらって捨てるのも、デンマークでは絶対ありえない資源の無駄使いだ。

 

「こうじゃないといけない」「普通はこうするものだ」ってこと、ちゃんと理性で考えたら実は根拠のないものが多い。

無意識的に周りの影響でできていった不必要なこだわりに気づかずに、変えようと思いもしないのってちょっと不自由だ。

 

自分はできれば、働きながらも内面はリラックスして好きに生きられるように、これから日本でも工夫していきたいなと。

 

僕みたいな繊細な性格の人間には、日本で働きながら気ままに自由なマインドで過ごすのって難しそうなんだけど、たまにこのブログに戻って、どうすればそれができるか考えてみようかなと思ってます。