書きながら考えたこと。

のんびり、マイペースで生きる。

最近読んだ本と登った山と行った銭湯のメモ

なんて雑なタイトルなんだろう。

 

昨日は滋賀の先輩の家で味噌作りやコーヒーの焙煎をしたあと手作りのケーキをいただいたりしながらいろんな話をして、そのあと京都の友人宅で泊めてもらった。

すごく満たされたいい時間だった。

おかげで今ぼーっとしていて眠い。久しぶりの4連休の2日目。

 

 

ラッキーなことに、最近図書館で借りた4冊の本が良くて、なんとなくメモしてみる。

京都・一乗寺の本屋、恵文社の店長が日々経験する、「左京区

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僕はつい2年前まで京都市左京区一乗寺のすぐ近くに住んでいて、下賀茂神社や高野川やラーメン街がすぐそばという最高の立地だったんだけど、恵文社も近かったので何度か足を運んでいた。恵文社には他には置いていないようなおもしろい本や雑誌、漫画が多く、行くとついつい、大学生にはちょっと高めの本を買ってしまう。だから行くこと自体がちょっと贅沢な感じがして、頻繁には行っていなかった。この本を読めばそのことが悔やまれる。「他のことを節約してでも、もっと行っておけば良かった」と。

 

店長が書いたこの店の20年くらい前の話。特に店長がバイトをしていたころに本や漫画の世界をたくさん教えてくれたという二人の先輩の話は魅力的で、ぼくのいた京大の教育学部にも、自分の関心のあるテーマや研究について楽しそうに話してくれる人がいたなあと思い出して、懐かしくなった。

 

他にも訪れたことのある店や場所がたくさん出てきて、何度も懐かしさに胸が躍って、今回出町柳に久しぶりに遊びに行こうと思うきっかけになった。

 

久しぶりに京大も行ったけど、吉田寮には立て看板が戻っていて驚いた。友人に聞けば、受験や学際など、期間限定ならタテカンを出していいということになったのだとか。

 

たまにこういう、京大らしさが現れるほうがおもしろくていいかもしれないね。

 

がけ書房や六曜社や柳月堂、レンタサイクルのえむじかなど、馴染みのある店の話が出てくるたび、大学時代の友人や、当時付き合っていた人との思い出なんかがよみがえってきて、当時の気分に一瞬でタイムスリップできた。左京区で大学時代を過ごした人にはめちゃくちゃお勧めの本。

 

戦後60年が経ってから始まり、10年以上続いた沖縄戦経験者の語らいの場

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この本はとにかくすごい本だ。

当時まだ20代だった大学院生が沖縄戦を経験した人の話に興味をもち、臨床心理士になって大学に勤めるようになってから沖縄県内の各地で続けた、経験者が集まってグループで話し合う、語らいの場のことがまとめられている。家族全員を失ったとか、人を殺してしまった罪悪感とか、臨床心理士としてファシリテーターとして、事実だけでなく本人の心情に丁寧に向き合って話を聞いていく。

 

マスコミの取材はすべて断ったという、月一回の語らいの場の取り組みやそこで出てくる戦時中のエピソードも相当に感情が揺さぶられるのだけれど、語らいの場でのやりとりをきっかけに変化していくおじいちゃん、おばあちゃんたちの思いや過去の記憶との向き合い方などが丁寧に描かれていて、まるで自分も筆者と一緒にその場にいるかのような引き込まれ方をした。

 

本で泣くことが最近ほとんどなかったのだけど、この本は涙なしでは読めなかった。

どんなドキュメンタリー映画よりもすごい本だと思う。日本中の人に勧めたい。

 

 

大人たちがドイツの占領を受け入れたデンマークでドイツ軍に抗う10代の若者たちの、命がけの挑戦

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ヨーロッパの地理に詳しくない人がたまに、デンマークスカンジナビア半島にあると誤解していることがあるんだけど、デンマークはドイツの北に隣接しているユラン半島とその他多くの島からなる国で、スカンジナビア半島にはない。

 

国の位置以上に知られていないと思うのが、この国が第二次世界大戦でドイツに戦わずして占領されていたこと。

デンマーク好きの日本人はだいたい、あえて戦わずに占領を受け入れたことは、国民を死なせないためのトップの懸命な判断だったと評価している(僕も同じように思う)が、当時の一部の若者たちにとって、政府の決断は許しがたいものだったらしい。

ドイツと戦ったノルウェーやイギリスの英雄たちに憧れてチャーチル・クラブと自分たちのグループを名乗った10代の若者たちが繰り広げたドイツ兵に対する妨害活動は、彼らが逮捕され投獄されることでさらに有名になり、戦争の中盤以降がレジスタンスが広がっていく大きなきっかけとなった。

 

まだまだ幼い感性を残した思春期の少年たちが命がけで、祖国の誇りを取り戻すために親や周りの大人、同級生にも隠しながら、秘密裏に車の破壊や放火などのさまざまな妨害活動を繰り返していくさまは読んでいてドキドキする。児童書だけど、ほとんどの人が知らないであろうデンマークの歴史の1ページが、高齢になった主人公への筆者のインタビューによって詳細に書かれた一冊で、デンマーク好き、歴史好きなら、読んでおいて損はないと思う。

 

沖縄戦を生き抜いた人びと」では語らいの場に集まった人たちが自分の人生を振り返って話すが、この本でも、デンマーク人の登場人物のその後の人生のことも最後に短く紹介されていて、戦争というものが人に与える影響の大きさも、静かに教えてくれる。

 

 

金融危機後の一時期、失業率が30%を超えたスペインで始まった新たな生き方

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失業率があまりにも高くなれば、失業というものを捕らえなおす必要が出てくるんだろう。

この本はまだ途中までしか読んでいないのだけど、2008年の金融危機以降失業者が大幅に増えたスペインで起きたこと、日本のマスコミではほとんど紹介されない、危機をきっかけに新しい取り組みが生まれ、人々の価値観が転換していく動きを、自分自身、大学卒業以来、一度も雇用されたことがないという日本人の著者が描いている興味深い本。

 

これから一気に読みます。

 

 

 

畝傍山と栄温泉

橿原神宮のすぐ近くにある大和三山のひとつ、畝傍山(うねびやま)は標高200m弱の山。山登りが好きでしかもそれが健康にもいいらしいことを知った僕は暇なら山登りをしようと決めて、予定のない休日は積極的に登ったことのない山へいくようにしている。

低山が多いけれど、数えたらこれが、奈良県内でも11ヶ所目の山だった。

同じく大和三山耳成山がそうだったので、畝傍山もすぐ登れるだろうと思って昼3時ごろに出発して電車で向かう。

 

登り口がよくわからなかったので歩いているときに出会った地元のおばあちゃんに道を教えてもらって、北西側から登った。1時間もしたら暗くなりそうな時間帯だったので少しあせって急いで登ったら20分もしないうちに山頂についた。

山頂の見晴らしはそんなによくなかったけど耳成山が見下ろせたり、たぶん夕焼けを見ようとして地元の人たちが数人、個人で登ってきているのに出くわして、なんかいいなあと思ったり。

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降りたあとは、駅近銭湯、栄温泉へ。ジェットバスのところに植物が置いてあるのが珍しい。番台のおっちゃんにタオルを貸してほしいというと値段を言われなかったのでただでいいのか聞くと、「普段は1000円やけど今日は特別や」と大阪風の冗談を言ってくるのも良かった。

 

風呂を出た後、脱衣所のテレビでは炊き込みご飯特集みたいなのをやっていて、それをみながら「おなかすいたわー」と独り言をいう番台のおっちゃんに「こんな番組見るからや。ニュース見とき」と顔なじみの常連らしきおっちゃんが突っ込むのも面白い。

 

登山後の銭湯は最高に気持ちよく、初めての山と初めての銭湯に行けば手軽に旅気分が味わえる。そういえば山も銭湯も留学先のデンマークにはなくて、日本を離れてからそのありがたみに気づいたなあ。大事にしていきたい日本の魅力。

 

今僕が勤めている職場が働きやすい理由。

 

 

こないだ教師をしている友達と話していて、今でも高校生とかの若い人に、福祉職が大変な仕事と思われていると聞いたし、僕の職場で実際に次年度の職員の採用がうまくいっていない状況があるから、日ごろなんとなく感じているいまの職場の働きやすさについてまとめてみようと思った。

 

個人と環境の相性というのはあるから、いまの職場が快適なのも、僕にとって働きやすいというだけかもしれない。

他の人が働いてみてどう感じるかはわからないし、このブログを読んだ人に僕のいる職場で働くことを勧めるわけではないんだけど、いろんな現場でいろんな仕事をしている京大卒の友人に比べて、自分の職場は恵まれてるなあと思うことが少なくないから、そういう、世間のイメージとのいい意味でのギャップを、言語化して、発信してみたい。

 

 

僕の職場

僕は今、奈良県にある社会福祉法人わたぼうしの会というところで働いている。

40年以上前からある団体で、昔は障害のある人の親たちのボランティア団体だった。

地域の人や関係者には、昔からの呼び名である「たんぽぽの家」と今でも呼ばれていて、職員も正式名称の「わたぼうしの会」ではなく「たんぽぽの家」と自分たちの職場を呼ぶ。年に2回、大規模なバザーのイベントや障害のある人の思いを歌に乗せた音楽祭も歴史が長く、奈良県障がい者福祉の業界では有名みたいで、近年できたGoodjobセンター香芝のことは、全国的なウェブメディアや新聞などでもよく取り上げられている。

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部署によっても違うからたんぽぽの家がすべてそうというわけでもないけれど、今僕が「有縁のすみか」という福祉ホームと生活支援センターという2つの部署で働いていて働きやすいなあと思う点についてまとめていく。

 

 

勤部日と勤務時間が人によってばらばら

生活の支援をする福祉の仕事は、毎日誰かがいないと回らないから、土日休みではなく休日がばらばらで毎月の勤務日が人によってばらばらというのはよくある話だと思う。

 

それに加えて、僕の職場は勤務時間も人によってばらばらで日によっても違うから、定時というものが存在しない。

ホームヘルプやガイドヘルプ、障害のある子どもを放課後に関わる児童デイも含めて、利用者と関わる仕事を”ケア”と僕の職場では呼んでいるんだけど、ケアが午後だけの日は午後から出勤することも普通だし、ケアとケアの間に事務的な仕事をするか休憩をするかはその人の自由だ(期限が迫っていなくて後回しにできる限りは)。

 

昼食の時間も決まっていないから、おなかがすいたら11時にひとりで昼ごはんを食べることもよくあるし、ケア中に利用者と一緒にごはんを食べることもある。

 

先輩や周りの人たちのことを気にせずに遅く出社したり早く帰ったり、ケアがない限り好きな時間に休憩できるのは魅力だと思う。

 

あと、月4日の希望休や有給が自由にとれるから、プライベートの楽しみも持ちやすいのも大きい。

ダイビングとか旅行とか野球とか、職員それぞれが趣味を持っていて仕事以外の時間も大事にしていていい。

 

人間関係がフラットで寛容で、互いに干渉しすぎない

 

僕がこの職場を選んだ理由のひとつに、人間関係のよさというか、職員の人との関わり方が好きだったから、というのがある。

障害福祉の現場では、日々利用者との関わりのなかでいろんなことが起きる。利用者が興奮して暴れることもあれば、鬱になることもあるし、それでなくても普段から障害のある人というのは個性的というか、一般的な価値観や常識(そういうのが実際存在するかはわかんないけど)をあまり気にせずに生きているおもしろい人が多い。

 

日々そういういろんな人と過ごす障害福祉の現場のスタッフは、人に対する受容度が相当に高くなる。受容度なんて言葉は日本語になかったかもしれない。要するに、相当いろんなタイプの人を受け入れる寛容さをもっているということだ。

 

だから新しい職員が多少常識がなかったり、苦手な部分や強い個性を持っていたりしても、いったんそれを受け入れてくれる。そもそもベテラン職員にもかなり得手不得手があって、それはそれでいい、得意な部分を生かしたらいいという考え方を多くの人がしているように思う。

 

外から入ってきた新人の意見を大事にしてくれたり、若手の意見を対等に聞いてくれるところもありがたい。日々いろんなことが起きる現場で、直接利用者を見て関わっているのは若手もベテランも皆同じだから、年配のスタッフが見ていないことを若手が見て知っていることは当然あるし、利用者と年の近い若手のスタッフの意見のほうが貴重ということがあるからかもしれないけど、たぶんそれ以上に、この組織の理事長が上下関係を嫌っているというのが大きいのかもしれない。理事長個人の話になるのでブログに書くのははばかれるから、この点については掘り下げないけれど。

 

デンマークに留学していたときに上下関係のほとんどない学校で先生や他の生徒と関わっていて、それは相当心地よかったんだけれど、今の職場でもあまり窮屈さを感じることなく過ごせているのは一人ひとりの意見を大事にする価値観があるからだと思う。

 

昨今、パワハラという言葉が有名になって他の多くの職場でも意識されているのかもしれないけど、仕事に関しても必要なことの説明だけで、利用者の関わり方について、あまり干渉されることもない。その人なりの関わり方を利用者の関係のなかで時間をかけて作っていくのがいいという考えかたがある。マニュアル的なものもほとんどない。

けど仕事に悩んだときに気軽に話せる先輩や同僚はいてくれるから、最高かもしれない。

 

奈良という土地のよさ

僕は都会の人ごみがあまり得意じゃないから、大阪や東京などではなく、奈良で働くことを選んだ。

奈良市というのは、京都や大阪へのアクセスが抜群に良い上に自然も身近にあり、地価も安いけど暮らすうえでなんの不便もなく最高だと思っている。これについてはいつかまた別で書きたいとも思っているんだけど、その魅力は仕事中にも感じる。

 

利用者の家などに車で行くときに富雄川という景色のいい川を通ったり、平城宮跡を通ったりすることがあるんだけど、仕事中なのにドライブ気分を味わえて楽しい。

狭い道が多いのと、大通りは混んでることもたまにあるのでストレスもなくはないけれど、都会で仕事中に運転するよりもずっといいだろうと思う。

 

あとは、奈良がそうなのかうちの職場だけがそうなのか田舎はどこもそうなのかわからないけど、野菜や果物をいろんな方からいただくのが、一人暮らしには本当にありがたい。あまったものを分け合う文化みたいなのを、大阪で昔住んでいたころよりもよく感じる。

 

職場に優しい人が多いのも、奈良県の県民性みたいなものもあるのかなと思うこともある。

僕が育った大阪に比べて口が悪かったり気性が荒かったりする人は少なくて、基本みんな優しくていい人なのがすごいと思う。

 

途中から書いているのが職場のことなのか奈良のことなのかわからなくなってしまった。

 

とにかく世間で言われているイメージよりはるかに今の仕事は楽しいと思うし、利用者とのかかわり方は人それぞれに違ってよくて、それはつまりコミュニケーションという、福祉の仕事の大部分はスタッフの自由にできるんだなという感覚を、今の職場では持てている。

 

でもこういうことって、求人のビラには書けないし外の人には伝えにくいよなあと思う。

今でも訪問客がたくさんいる職場やけど、同世代の若い人たちにもっと遊びにきて、その雰囲気を味わってほしいし、実際に働いてみてこのおもしろい仕事を体験してほしい。

 

そういう自分も、他にもやってみたい仕事はたくさんあるし、これからの時代、転職する人はさらに増えていくと思うけど、給料や待遇面だけでなく、実際にその仕事をしている人と話して具体的な話のなかでおもしろさを知れる機会がたくさんあればいいなあと思う。

カフェとか、外で焚き火をしながらとかのフラットな雰囲気で、趣味の延長みたいな感じでそういう場をもてたらいい。

 

 

銭湯日記。2/10 奈良市京終「ほてい湯」、2/17 京都市右京区・西大路「天翔の湯」

 

2/10 奈良市・京終「ほてい湯」

大学の頃に下宿していた京都市左京区は銭湯がとても多く、大学でその日の勉強を終えたあとで近くの銭湯に行ったり、下宿の近くの銭湯に友達を誘って行ったりし
ていた。水風呂が冷たいところとか、広くてサウナが2つありゆったりできるところとか、気分によっても使い分けられる銭湯が5~6個は近くにあった。

時には天然の温泉を楽しめる違う区の銭湯まで、銭湯好きの友人と自転車で30分くらいかけていくこともあった。

 

それに比べると、今住んでいる奈良は銭湯が少ないと感じていた。広く、サウナやジェットバスなどが充実しているスーパー銭湯はいくつかあるけれど、昔ながらの
、小規模な銭湯はあまりない印象だった。

奈良に越してからしばらく足しげく通っていた400円台で入れるスーパー銭湯は、サウナや漫画コーナーなどが充実しているのに一般の銭湯と同じくらい安いことに当初感動していたけれど、10回以上行くとさすがにその喜びは薄れてくる。

 

旅先でゲストハウスに泊まる前、夜散歩していてたまたま見つけた銭湯に入ったり、登山のあと、ふもとの駅の近くの銭湯に足を運んで癒されたり、行ったことのな
い銭湯に行く経験こそ、わくわくしておもしろいものだ。

ふと、以前サイクリング中に通りかかって気になっていた銭湯が奈良にもあったことを思い出した。「ほてい湯」という名前の銭湯。調べたら、JR京終駅のすぐ近
くだった。

 

僕は旅が好きなんだけど、遠出をすると交通費が馬鹿にならないし、そんなに給料のいい仕事をしているわけでもない。
だからある日、マイクロアドベンチャーという言葉に出会ったときは嬉しかった。
「家の近所を冒険すること。」ある冒険家が、南米の大自然を旅行するのと同じくらい、家の近所の冒険でも楽しむことができたと語っていた。

昔からずっと住んでいる場所でもない限り、家の近所や、最寄からいくつか離れた駅の近くにほとんど行ったことがないということがある。僕は今JR奈良駅から自転車で10分くらいのところに住んでいるんだけど、駅の南側の地域にはあまり行ったことがなかった。

JR奈良駅から和歌山や桜井方面に伸びる万葉まほろば線。ほてい湯のある京終駅は、その線を一駅南に進んだところだ。普段電車に乗って銭湯に行くなんてことはしないけど、マイクロアドベンチャーのつもりで、一駅だけ電車に乗って銭湯にいくことにした。ちょっとした贅沢感。

 

仕事が早く終った日の夜の奈良駅
普段は使わないホームの、ほとんど乗ったことのない2両編成の電車に乗る。

一駅なのにずいぶん長く感じた。そして京終駅に着いたんだけど、僕の乗っていた2両目の車両はドアが開かず、降りそびれてしまった。田舎の駅だから前の車両しか開かないらしい。アナウンスを聞いていなかった。

仕方なく、2駅目の帯解駅で降りて、引き返す。帯解駅のホームには暖房の効いた待合室がなくて寒かったけれど、初めての駅で電車を待つのはちょっと旅行っぽくて新鮮な気分になる。座っていたホームのベンチには、地元の大学生か高校生かの、男子二人組みがいて、夜9時前に、電話で女友達を呼び出していた。

なんだか若さを感じるし(僕もまだ26歳なんだけど)、夜にいきなり友達を誘ったりできるのもいちいちローカルな感じがしていい。

 

折り返してやっとついた京終駅

駅からすぐの銭湯は、わりと最近建て替えられたのか、綺麗な内観だった。
脱衣所も浴室も余計なものがなくてシンプルで、でもミストサウナと普通のサウナが階段の上下に分かれていて楽しい。

水風呂は冷たすぎず、サウナも熱すぎずちょうどいい温度で、でも湯の温度は少し熱めで、寒くて体が凝っていたから最高に良かった。

 

十分にあったまって、帰りは歩いて帰ることにした。
歩いて帰っても家までの道の途中に、JR奈良駅を通ることになる。
今回は節約中なのでしなかったけど、銭湯にはいったあと奈良駅の王将に寄って餃子と野菜炒めとかで一杯やれたら最高だろうなと、妄想したらわくわくした。今度絶対やろう。

 

2/17 京都市右京区西大路「天翔の湯」

ある雑誌で東京の餃子屋の店主のインタビューを読んで以来、餃子に興味を持っていた。食べ物に興味を持つ、というのも変な表現かもしれない。これまで自分は、餃子を特に好んで食べることはなかったし、今も餃子が好きで食べたいというより、餃子との向き合い方を楽しんでいるといったほうが近い。

 

これまでも王将に行けば餃子を頼むことも少なくなかったし、おいしいものだとは思っていた。友達の家で一緒に餃子を作ったこともある。けれど、自分好みのラーメンを店で初めて食べたときとか、空腹時にジューシーなから揚げを食べたときのような感動を、餃子で味わったことはないような気がする。

 

餃子って中途半端な食べ物なのかもしれないと思う。
肉の旨みや野菜の甘さを薄い皮で包んでいる。 

一個のなかに野菜も肉も小麦(炭水化物)も入っていてバランスがいいけど、バランスのよさゆえにすぐに脳に快刺激が伝わるようなおいしさとは違う気がする。


たしかにおいしいけれど、肉汁を全面に押し出した小籠包などに比べたら質素でまろやかだ。決して刺激的な食べ物ではないし、刺激的なおしいさをよしとされる食べ物でもないんじゃなかろうか。

雑誌で読んだインタビューでも餃子屋の店主が、「餃子は毎日食べるものだから感動的なおいしさでなくていい」とかって言っていたような気がする。

 

じゃあ、僕も毎日食べたいと思えるような餃子を探そう。そしていずれ、自分でも、最高に自分好みの餃子を作れるようになろう。

そう思っていたから、京都で大学の友人と会うことにしたときも、一緒に餃子を食べに行こうと誘った。「ミスター餃子」という人気の餃子屋が、東寺の近くにあるらしい。


銭湯の話をしよう。


天翔の湯は、京都駅からもそう遠くない、京都市右京区西京極駅西大路駅の近くにある銭湯だ。

たしか大学1回生のときだ。数百人は入るような大教室の一般教養の授業のあとで話しかけてきた工学部の男子と話が盛り上がって意気投合した。彼が大の銭湯好きで、ほどなく一緒に銭湯に行く仲になった。

その友達が勧めていたのが天然温泉が出るという天翔の湯だったけど、当時ぼくが住んでいた左京区の高野からはあまりに遠すぎたので、一度もそこへ行くことなく僕は大学を卒業して京都を離れ、自転車で1時間近くかけてその銭湯へ行っていた友人も東京へ引っ越してしまった。


今回会う約束をした友人は京都で教師をしている。ミスター餃子と天翔の湯が地図で見たら方向的に近かったので、餃子の前に天翔の湯へいくことにした。彼の住む家から天翔の湯が近かったから、良かったら一緒に行こうと誘ってみた。


早くついた僕は先に銭湯に入り、1年か2年ぶりに会うその友人とは素っ裸で再会した。

 

天翔の湯も良かった。

日曜日だったから人は多かったけれど、天然温泉の露天風呂にはかなり癒された。
熱いサウナと気持ちいい冷たさの水風呂。ジェットバスの水圧が強すぎないのもいい。

途中で友人が来たから長くなったのもあるけど、1時間は露天風呂、サウナ、水風呂を繰り返していたように思う。サウナのテレビでは電車好きの芸能人が、今は走っていないものも含めて、人気の車両を見て回るクイズ番組をやっていておもしろかった。番組の内容とは関係ないけど、最近は近鉄でも足湯列車とか、いろんな電車があってすごい。

 

天翔の湯からミスター餃子まではなんだかんだ歩いて30分くらいはかかった。
お互いの仕事のこと、近況、大学の友人のことなど、いろんな話をしながら、その友達も行ってみたかったという、九条通りを一本北へ入ったところにあるその餃子屋へ向かった。

 

餃子屋は空席がなかったけれど、あまり待たずに入れた。

2人で餃子5人前とから揚げを食べ、お酒を飲みながら、教育や福祉の現場の話で盛り上がった。他の職業や現場の人と関わる機会を持ちたいと聞いて、何か交流できるイベントでもしようと話した。

帰り際、また他の餃子屋にも行こうと話して、東寺の駅で別れた。

 

月に一度大阪の精神病院を訪れていて、時々感じること。

 

きっかけは祖母の入院だった。

見舞いに行った日、祖母は閉鎖病棟にいた。

高いビルをまるまる使った、何百もの病床がありそうな新しく綺麗な精神病院。

その病院の5階の、案内してくれた看護師が3回鍵を開けた先にある部屋で祖母は過ごしていた。

 

時計もテレビもカレンダーもない殺風景な部屋だった。祖母いわく、携帯も雑誌も、日記帳さえも没収されたらしい。担当の精神科医と話すなかで、内科の症状はないのに毎日採血をしていることを知った。服薬を怠っていないかを確認する目的で、血中の薬の成分の濃度を測るためらしい。

 

日記も書かせてくれない病院の職員に祖母は憤っていて、そのことは看護師さんの目には、「症状が落ち着いていない」と映っているようだった。

 

「あなたがここで働いて、この病院のルールを変えなさい!」と、たしかに症状が落ち着いていないようにも見える祖母に言われたのが、2年と少し前の話だ。

 

それから僕は、当時好んで通っていた京都府立図書館でがむしゃらに日本の精神病院のことを調べ、暴力事件や患者の死、人権侵害の歴史を知り、海外と比べて日本の精神科患者の入院者数と入院日数が極端に長いこと、入院患者に対する看護師の割合が少ないこと、それが高度成長期に政府が決めた特例によるものであること、日本では精神科病院は利益を追求しなければ潰れてしまうという、制度面の問題があることなどを学んだ。

 

当時デンマークへ留学する予定だった僕は留学中に学ぶテーマを、親元で暮らせない子どもの支援から精神医療へと切り替え、北欧の精神医療や精神病の患者やリスクの高い人への公的なサービスを学んで日本に帰ってきた。

 

帰国後、あるNPOのボランティアで、月に一回ほど大阪の精神病院を訪問して、面会を望む患者さんに会いに行く活動をするようになってから、約1年が経った。

 

2019年現在も、日本には30万人弱の人が入院していて、20年以上入院している人もたくさんいるし、精神病院で高齢になって亡くなっていく人も多い。病院の個室は外から丸見えで、ベッドしか置かれていないというケースも珍しくないし、相変わらず患者さんの携帯はたいてい職員に管理されるし、所持金を管理して毎日100円以上の管理費を徴収している病院も多い。

 

もちろん、そうじゃない病院もあるし、患者さんのことを親身に考えるスタッフや、退院を目指した支援をするケースワーカーもたくさんいると思う。実際そういう看護師さんや精神保健福祉士にもこれまで出会ってきた。

患者さんの自由を奪いたくて病院で働くことを決めた人なんていないと信じている。行動の制限や人権侵害が問題になっているところも、入院患者に比べて職員が少なすぎるために手厚い支援ができないという、余裕のなさから来る問題が大きいと僕は思っている。

 

 

普段僕は奈良で、脳性まひや自閉症、知的障害など、身体面その他に障害のある人と関わる仕事をしている。

仕事で関わる障害のある人たちは皆、福祉サービスを利用していて、普段は実家で暮らしたり、福祉ホームに住んだりしていて、日中は就労支援の事業所などを利用して仕事をしたり、ガイドヘルプを利用したりして出かけたりもする。

 

僕の職場は日々楽しそうにしている人が多いから、こっちも楽しく働けているのだけれど、月に1度のボランティアで精神病院で出会う人たちと似たような障害のある人もいる。

 

精神病院とかかわりのない人には想像もつかないことかもしれないけれど、日本の精神病院には、統合失調症うつ病といった、後天的に誰しもがなりうるような精神病の人だけではなく、知的障害や自閉症スペクトラムなど、精神病ではない先天的な障害のある人も入院している。

 

家族が面倒を見れなかったとか、事件を起こしてしまったとか、入院のきっかけはいろいろだ。今でもそうなのかわからないけれど、20年前まで、マタニティブルーでも精神病院に入院するようなこともよくあって、そのまま出られず何十年も入院している人がいるくらいだから、障害理解が進んでいない時代に、知的障害や自閉症の人が入院させられていても不思議ではない。

 

だから面会に行って会う人のなかには、躁や鬱などの気分障害や妄想などの陽性症状がない、穏やかな人もたくさんいる。

 

そういう人は、僕が普段働いているような福祉ホームに住んで、日々楽しく過ごし、休日は行きたい場所にでかけ、好きなことをして過ごしていても何もおかしくないと思う。

 

その人が精神病院のなかにいるか外で過ごしているかは、それまでの偶然の積み重ね、つまりは運でしかないんだと感じる。

性格が人それぞれなのと同じで、境遇や生い立ちも人それぞれ違う。

精神病院からの退院を家族に拒否される人もいれば、ずっと施設にいるのはかわいそうだからと毎週外に連れ出してくれる親のいる人もいる。

 

別にどっちがいいとか、幸せかはわからない。

一度も入院しない人の人生が幸せかどうかわからないのと全く同じで、

精神病院で40年間入院して退院することなく死んでいく人の人生が、不幸かどうかなんて誰にもわからない。

21世紀の前半には、病気でなくても抗うつ薬を毎朝飲んで、幸福感を保っているような人もいる。

そんな時代に、幸せの定義を本人以外が決めることは、もはや馬鹿らしいのかもしれない。

 

ただ、入院しているかどうかとか、その人がどれだけ自由に、自分が過ごしたいように過ごしているか(閉鎖病棟開放病棟か、なども含め)というのは、その人の症状や生活能力だけに依存しているものでは決してなくて、その人の周囲の人たち(主に家族)との関係や、どの病院に入院して、どの先生や看護師やケースワーカーにあたったかという運に左右されることは間違いないと思う。

 

人の人生が運に左右されるというのは、いつの時代でも、どの地域でも変わりないことだと思う。生まれる時代や国や家族を、これまで誰一人として選ぶことはできなかったはずだし、これからもきっとそうだろう。

 

ただ、病院や福祉サービスというものは、その人の健康や人生の豊かさが、運に左右されないためにあるものじゃないだろうか。

 

たとえば生活保護という制度は、その人が貧困という不運のために死んでしまうことがないように作られた制度だと思う。(作った人の実際の気持ちは知らないからあくまで勝手な想像だけど)

 

ならば精神病院も、運によって入院期間や生活の自由度や処遇が左右されてほしくないと思う。

 

すべての精神病院が、患者の尊厳を守り、退院の希望を聞いて支援できる、患者にとって望ましい場所になる。

そのことを目指して、NPO大阪精神医療人権センターのボランティアの人たちは、

仕事の休日を使って、目立たないところで、熱い思いを持って活動をしている。

 

その人たちの静かで熱い思いや、優しさと強さを併せ持つ空気感が僕は好きで、

ひっそりと長く、このボランティアを続けていきたいなあと思っている。

 

 

www.psy-jinken-osaka.org

虐待死の事件をニュースで知ってからのこと

 

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明日、NPO精神医療人権センターの精神病院への面会ボランティアをしたあと、同NPOの事務所に行ってデンマークの公的な精神保健サービスなどについて紹介するつもりでいて、その資料作りがひと段落した。

 

今日午後からの勤務の前に、書きたいことができたので、PCを開いたついでに、ここに書いている。

時間があまりないので、さっと書いてみる。

 

小4女児の虐待死の話が、ここ最近、ニュース番組で流れていた。

家でテレビを見ない僕も、勤務先の福祉ホームのリビングで流れているのでよく目にする。

 

仕事中なのでずっと見ているわけに行かず、あまり詳しくは知らないのだが、twitterなどを見ていると、児相の職員の対応を責める声が多いらしい。

 

これについては、児相の職員の人間性(恐怖に屈してしまう人としての性(さが))に言及した精神科医の高木俊介さんのfacebookの投稿(公開)にすごく共感したし、児相を責める声に対する僕の個人的な、直感的な感想としては、「そう言う人はこれまで、虐待が日本にたくさんあることを知っていて、この問題に何かしらアプローチしてきたんだろうか」という反発がある。しているのかもしれないけどね。

 

大学のころ、虐待死に関する論文を読むころがあった。

厚労省の統計によると虐待死のケースは年間数10件(心中含めると100件近かった気がする)だが、虐待の(認知)件数が年々増加しているのは新聞などにもよく載っている。

今回の事件との関係性はわからないし、あの父親を擁護したいわけでもないが、核家族の増加、自身の親を頼れずに子育てする大変な親も増えていて、それがこれまでもずっと問題視されてきた。

 

家族の少人数化で子育てを家族だけでするのが困難な時代になってきているにも関わらず、地縁は弱まり、近所の人も頼れないという、厳しい状況で子育てをする親は多い。

 

そういう僕も、育ったのは虐待のある家庭で、そのことで外部からの支援はいっさいなく、苦しい子ども時代だった。今回の事件で虐待死させた父親も、同僚には虐待のことを気づかれていなかったようだが、僕の家族でよく暴力をふるっていた人も、家族の外では愛想もよく、外から見たらいい養育者だったと思う。

 

虐待”死”となるとインパクトは相当大きいけれど、虐待を受けるなどして、家族のもとで暮らせない子どもは本当にたくさんいるし、虐待を受けながらも育った家庭で暮らす人はもっと多いだろう。

 

施設で暮らす人たちを支援する団体や、家族で子育てする親を支援するNPOなどは探せばたくさんあって、でもまだ数も人手も予算も十分とは言えず、寄付を募っているところは多い。

 

僕は幼児期に乳児院にいたことが(もっと踏み込んで言えば、0歳のときに親に首をしめられて殺されかけたことも)あるので、児童福祉施設の人にはシンパシーのようなものを感じ、その人たちの境遇を少しでも楽なものにしたいと思って、毎月小額だがNPOに寄付をしたりしている。

 

去年、里親や児童福祉施設出身者の全国ネットワークを作るための集会の交通費をクラウドファンディングで募っていたのを見つけたので少し寄付をしたら、その返礼品として、東京の国分寺にあるアフターケア相談所のりんごジャムが昨日届いた。(本当は1月末に届いていたのだけれど受け取れず、再配達してもらった。お手数かけました。)

 

おいしかったし嬉しかったので、その写真をSNSにあげたら、友達がゆずりはの記事を紹介してくれて、その記事もとても良かった。

 

どの子どもにも「生きていてくれて、ありがとう」と伝えたい。児童養護施設等から巣立つ子どもたちを支える「ゆずりは」高橋亜美さん | soar(ソア)

 

www.acyuzuriha.com

 

僕らは生まれてくる”家族”を選ぶことはできないし、ひとつひとつの家族に外部の人が働きかけるのは、まだまだ”家”の垣根が高い(むしろプライバシーの概念のために高まっているのかもしれない)日本社会では容易ではないけど、自分たちの住む社会を、皆で子育てをしていけたり、子育てする人を支えあったりするのが当たり前な社会に変えていく方法は、寄付でもボランティアでも、近所の人に優しくするでも、きっと無数にあるはず。

 

この虐待死の事件を機に、子どもにとっても親にとっても苦しみの少ない社会に、日本が一歩でも近づいていけばいいと祈っている。

 

 

www.orangeribbon.jp

 

www.acyuzuriha.com

 

(僕は「ゆずりは」さんの関係者でもなんでもないけど、寄付先の一例として、リンクを張っています)

memo

 

・午前中家にいたら、東京から奈良県民のライフプランの意識を調査しにきたというファイナンシャルプランナー若い女性がノックしてきた。

同世代か少し年下くらいの人。アンケートに答えながらいろいろと話し込んだ。

その女性が、周りに貧しいシングルマザーの友人がいたり、自身の家族が以前お金で苦労していたために、将来設計や、ファイナンシャルプランナーの仕事の大事さを知ったらしいこと、この仕事を通してさまざまな年齢層の人と話してきて、お金に困っていて、必死で働いていても貧しい人が日本にたくさんいるのを知ったことなどを聞く。

 

貯金は大事やけど、貯金が苦手な人とか、そんな余裕が今も昔もなかったような人でも、不安なく生きられる社会になっていってほしいし、30年後くらいには日本がそうなってるようにしていきたいなと思う。けど、ファイナンシャルプランナーの仕事も、現状の社会の中で個々人がお金に困って苦しむのを予防する上で大事な仕事だと感じた。

 

・図書館で本を探していて、偶然面白い本に出会うことがある。好きな銭湯のことを調べようとして、「銭湯」のキーワードで検索して出てきた本、「「消費」をやめる 銭湯経済のすすめ」がかなりおもしろい(銭湯の話はほぼ出てこない)。元起業家、社長のおっちゃんが事業を畳んで、借金を返済して資産もなくなって、少ない消費で、生活圏を狭めた生活をしながら、資本主義や経済というものについて思うことを書いている。小さく、近所の人とのつながりを大事にしながら生きられたら温かいよなあと思う。大好きな本。

www.amazon.co.jp

 

 

 

・物欲なき世界

 

2015年にヒットしていたらしい黄色い本を、たまたま書店で見かけて買った。

www.heibonsha.co.jp

 

「自分も物欲あんまりないんだよなあ」なんて思いながら買ったけど、本を買う時点である程度の物欲はあるんだと思う。

 

ただ、車や必要以上の服はほしいと思わないし、コーヒーが好きだけど、キッチンに物を増やしたくないからアイテムを買うのをためらっているほど。

物にお金を使わなくなって若者は何にお金を使うのか、という問いがあるけど、自分は旅とか、人と遊んだり、一緒にごはんを食べることとか、料理とかなのかなって思う。

最近書店でレシピ本が異様に多いのを見かけたけど、料理って一番身近な「楽しめる経験」であり、一種のDIYだから、それが流行るのは、物が飽和して経験やライフスタイルに人々が価値を置くようになった初期の段階としては当然のことなのかなとも思う。

 

初めての人と関わったり、新しく人とつながったりする経験というのはいつの時代も刺激的で、個人経営のカフェにいって店員さんと話すとか、社会人サークルに入るとか、ボランティアをするとか、そういったことを楽しむ人は、(働き方改革がもしちゃんと意味をなして社会人の余暇の時間が増えたら)増えていくんじゃないかなあ。

 

シェアリング・エコノミーについても触れているけど、友達どうしでものを貸し借りしたりするときになんとなく話をすることでちょっと孤独感が癒えたり、手元にない不便さや不自由さを楽しんだりするような感覚を持つのは、便利で孤独な社会だからこそ価値を持っていくんだろうなと思う。すごく久しぶりに思い出したけど、漫画「ハチミツとクローバー」の世界のような、近くに友人や仲のいい先輩後輩がいるような生活はあこがれる。

 

今の時代、いつでも遠くの人と電話やメッセージのやり取りができるけれど、やっぱりすぐ隣に人がいないと感じられないぬくもりはある。

日々の仕事で、そういったぬくもりを感じられる福祉職って、21世紀において実はめっちゃ幸せなんじゃないかともふと感じた。

給料は安いけどね。それも、物欲少なければ給料安くてもあまり困らないんだよな。

 

あと、もはや消費というキーワードからも外れるけど、個人的におもしろいのは、関わったことのないタイプの人とつながることで、たとえば外国人とか、趣味・関心・価値観が自分と違う人と話すことで得られる刺激とか発見。

そういう機会、積極的に持っていこうもっと。

いずれ自分で作っていけたら、もっとおもしろいんやろうな。

 

そうそう。物欲なき~の本でおもしろくてメモしようとしてた部分を書くの忘れていた。

ジャック・アタリの「21世紀の歴史」に触れながら、著者の菅付さんが言っていること。

 

未来は、利益と人権の激しいせめぎあいの中で、着地点を見つけるのだろう。

それがソフトランティングなのかハードランディングなのかはわからない。

ただ言えるのは、その着地点に先に到達した国家、都市、企業や社会が、二十一世紀においてアドバンテージを持った存在になるはずだ。(p238)

 

 

ここだけ切り取ってもなんのことかさっぱりだとは思うけど、印象に残ったからメモ。

人権への感度が低くて利益と人権がせめぎあっていない時点で日本はアドバンテージをもてないだろうけど、直感的な美意識でライフスタイルを真似していくことがうまくて情報も比較的速い(?)日本は、そういった、国、地域をすぐに追従していくんだろうなあとも思う。

 

 

寒い日の水風呂と雨の日の散歩

とりとめのないことを書こうと思う。

 

職場では今インフルエンザがはやっている。

おととい、感染した利用者さん(僕は障害のある人の暮らす福祉ホームで働いている)の介助をしていたせいか、昨日は僕ものどの調子が悪く、頭も少しだるかった。

 

体調が悪いのに食欲は異常なほどあり、ホームヘルプやガイドヘルプ先と職場との移動の車内や、仕事終りなど、食べてばかりいた。

本能的なものなのか、僕はしんどいときにやたらと食べる癖がある。

 

インフルエンザ移ったかなと思っていたけど、しっかり食べてぐっすり眠ると、のどの痛みもなくなり、すっきりしていた。

大して病んでいたわけでもないけれど、病み上がりみたいな不思議な高揚感、ふわふわとした気持ちいい感じが今はあって、こういうときに僕はなぜか、文章を読んだり書いたりしたくなる。

 

寒い日に入る水風呂

g-mediacosmos.jp

 

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1月上旬に僕は、奈良から青春18切符で岐阜へ行き、みんなの森 ぎふメディアコスモスという、建築がおもしろくて居心地のいい図書館で過ごしていた。今年の5月末にフィンランドに行くつもりでいるから、図書館でもフィンランドに関する書籍を検索して読んでいたのだけど、「フィンランドの幸せメソッド SISU」という本がおもしろく、帰ってから続きを読みたくて購入した。

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フィンランド生まれ、カナダ育ちの著者いわく、フィンランドのことば、”SISU”というのは「逆境を乗り越える力」であり、「肉体、精神、感情のいずれにおいても、新たな物事に進んで向き合い、限界を越えていく生き方」のことらしい。

 

この本の中で、フィンランド人の多くがSISUのマインドを持っている理由のひとつとして、サウナやアイススイミングの習慣が挙げられている。アイススイミングとは、氷の張った湖や海に穴をあけ、0℃~1℃の冷たい水の中を泳ぐことだ。そのあとにフィンランドの人はたいてい、サウナで温まるらしい。
著者のカトヤ・パンツァルさんも最初試したときは水が冷たすぎて体が痛く、数秒で出たらしいが、短い時間からでも続けていると、体が慣れてきて徐々に気持ちいいと思えるようになり、今では毎日アイススイミングでリフレッシュするようになって、そのおかげで長年のうつ状態からも回復することができたそうだ。

 

 

www.visitfinland.com

 

 

僕は銭湯が好きで、なかでもサウナに入ったあと水風呂に入り、リフレッシュした気分になるのが好きだ。仕事を始めた当初、新しい環境で疲れていてネガティブな気分のときにも、これをすることでかなり前向きになれた。気持ちが引き締まって、現状を受け入れたり、以前やろうと決意したことを思い出したりして、前に進む覚悟ができるのだった。

 

だから、カトヤさんの本に書かれていること(アイススイミングで気分をリフレッシュし、困難に立ち向かう勇気が持てる、というようなこと)はとても納得できた。

そして普段入る銭湯の18℃くらいの水風呂ではなく、それよりずっと冷たい、0℃や1℃のアイススイミングではどんな気分になるだろうかと、試してみたい気にもなった。

 

とはいえ僕の住む家の近所には湖はないし、池が凍ることもあまりない。凍っていたとしても、水着でそこに飛び込んだりしたら、かなり変な目で見られるだろう。

 

簡単に疑似体験する方法として、家の湯船に水を溜めてそこに浸かることを思いついた。測っていないからわからないけれど、冬の夜の水道水の温度はおそらく、銭湯の水風呂の18℃よりは低い。

 

試してみた。

熱いシャワーで体を洗い、温まってきたところで水風呂に入る。

最初は半身浴くらいの水量にする。

 

足をつけるだけでもかなり寒いから、少しずつ、浸かって行く。

体が震えるほど冷たい。

 

徐々に正座になり、そのあとお尻を湯船の底につけるというようにして入る。

冷たさのあまり皮膚が赤くなり、30秒も入っていられない。

 

けれど入ったあとに熱いお湯を体にかけるとかなり温かく感じられて気持ちいい。

サウナがなくても、熱いお湯だけでも満足できるかもしれない。

これは癖になる。

 

毎日やっていて慣れてくると、1分くらいは入れるようになる。

けれど長く入りすぎると体が冷えすぎて逆効果のようだ。

家だとサウナで温まることができないから、長くて1分程度にしよう。

 

そうしていると、入浴後ぽかぽかして、気持ちいい。

朝の外気の寒さも、つらくなく、すっきりして気持ちいいものに思えるようになったし、毎日これをすることで、やはり前向きな気持ちになれて、いろんなことに挑戦したいと思うようになった。

 

免疫もつくかもしれない。今年の冬はこれで乗り越えたい。

アイススイミングや体を鍛えることに興味のある人にはお勧めだ。

 

ただしこれは心臓の弱い人などには薦められないし、アルコールを摂取したあとにはしないようにしている。

やるときは、無理のないように足から少しずつ入るようにしてほしい。

 

 

仕事で雨の日に散歩をする

福祉の仕事は、本当にいろんなことをする。

ガイドヘルプでは利用者さんと一緒に映画を見に行ったり、少し遠出をしたり、温泉や山に行ったりすることもあるのだけれど、肥満気味の利用者さんと1時間半くらい散歩をする、なんていうのもある。

 

雨の日でも、その人は外を歩くのを楽しみにしているから、傘をさして一緒にでかける。靴がびしょびしょになりそうだったので、この日僕は職場で長靴を借りて行った。

 

普段、雨の日に散歩することなんてまずないし、インフルエンザが流行っている時期に、雨で寒い中歩いて体調を崩したらどうしようという思いも正直あったけど、自分ではしない経験をさせてくれるのは貴重で、少しおもしろくもある。

 

川沿いの、好きな道を利用者さんと一緒に歩き、たまに写真を撮ってみたりする。

最近、津久井やまゆり園の事件のことを知り合いと話していた「生産性」というキーワードを思い出したりしながら、歩く。

 

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利用者さんと一緒に散歩をするというこの仕事には、経済学でいうところの生産性はほとんどないかもしれない。

けれど目の前の利用者さんは、とても楽しそうに笑顔で歩いているし、僕自身も、この散歩に価値を見出すことができる。

 

生産性なんて、なくていいんじゃないかと思う。

ある労働から、多くの価値や利益を生み出すことが生産性の高い仕事だとしたら、個人を対象とした福祉の仕事は、すごく生産性が低いことになるかもしれない。

 

けれど、利益をたくさん生み出して儲けたからってそれが正義だとは思わないし、それが必ずしも人を幸せにするとも思わない。

 

僕は究極的には、すべてのものに、価値なんて元々はなくて、人間が勝手に付与したものにすぎないと思っている。

人類やその他の動植物、さまざまな物体の価値や、お金の価値、人が幸せに生きることの価値だって同じ。

 

じゃあ結局、散歩に価値を感じるのも、お金や利益の創出に価値を感じるのも、同じように、ひとりの人間の勝手な感じ方でしかないんだなと思う。

 

お金以外のものに価値を見出していきたいなんて今さら言わないけれど、やろうと思えば、日常のルーティーン、散歩や家事や通勤時間(そして、毎日水風呂に入る習慣)なんてものにも、価値を見出すことができて、それで自分が幸せになれるなら、安上がりだし、誰にも、地球環境にも迷惑かけないし、それでいいじゃないかって思う。

 

そんなことを考えながら、夕方、水溜りの多い雨の日の道を、長靴でびちゃびちゃと歩いていた。

1月がもう、終ろうとしていた日のこと。