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日記と考え事のメモ。

大学卒業してからデンマークのフォルケホイスコーレに来てます。帰ってからのことは未定。

普通の生活(なんにも買わない日2)

♪暖かいスープと うたた寝と

疲れのない体と 余った休みと

まだ片付けなくていい 机の上と

そう、僕が望むのは こんな普通の生活

 

 plentyというバンドの、「普通の生活」という曲の歌詞だ。

 

www.youtube.com

 

少し余裕がある生活が普通だったらどれだけいいだろう。

でも、そんなものはあるはずなくて、それすらも僕の憧れなんだっていうようなことを歌った曲で、忙しい日々を送っている人ならきっと共感できる歌詞だと思う。

 

 

最近の僕はというと、以前と変わらず、お年寄りにパソコンを教えるバイトをしたり、公務員試験の勉強をカフェや大学の図書館でしたり、中学生に勉強を教えたり、知り合いから聖書を学んだり、友達とごはんを食べたり、たまにスポーツをしたりする生活を送っている。

 

 

 

 

下宿生だから使えるお金は少なくて、家では鶏むね肉ばっかり食べてるし、破れて捨てたスリッパを新しく買うのもためらってしまうくらいだけど、自由に使える時間が多いおかげで、結構幸せな日々を過ごせている。

 

 

 

 

お金を使わないノー・バイ・デーのことを以前にもはてなブログに書いたけど、

あれからもちょくちょくやっている。

 

今日もノー・バイ・デーだった。

昨日久しぶりにローソンストア100に行ったらテンションが上がって1000円分ぐらい食料を衝動買いしてしまったから、今日はなんにも買わんとこうと思ったのだ。

 

 

最近はお金を使わないということがストレスなく自然にできるようになった。

 

 

今日は友人の家で聖書を教わる日だったが、

そこで偶然友達がお菓子を買ってきてくれたり、手作りのデザートをわけてくれたりした。

 

ノー・バイ・デーの話はしていないのに、だ。

 

 

ものをくれることがとてもありがたく感じられた。

 

デザートは、ミルフィールもどきとやらで、油揚げでプリンやチョコレートを挟んだようななんとも言えないものだったけど、それでも嬉しい。

自分でものを買えない状況だと、人がものをくれる喜びが倍増するように思う。

 

 

あえてお金を使わないことで、使おうと思ったら使えるお金があることをありがたく感じられるっていうメリットもある。普段はそういうことを全然意識しないのに。

 

 

 

 

聖書を教わったあとは、公務員試験の勉強やパソコン教室のバイトの準備をしないといけなかったけれど、その前に何か娯楽がほしいと思い、お金を使わずにできるサイクリングをすることにした。

 

大寒波もすぎて京都はまだ少し寒さも和らいでいたので、上下ともしっかり着込んで、久しぶりにクロスバイクで北の方へと走った。

 

鴨川(高野川)沿いの川端通りを北上し、北山通りを越えて、コーナンのある交差点を東に曲がり、比叡山の方に少し走ったあと、西に折れて叡山電車の踏切を超え、岩倉に入る。

 

 

 

この季節の岩倉はやっぱり寒いけれど、清華大のあたりまで来れば、とっても風情がある景色が広がる。小さな山が近くにあって、家と家と間が広くゆったりしていて、小川が流れている。

 

このあたりは、冬がすごく似合う。

公園には、ダウンを来た小学生が元気に遊んでいる。

 

 

寒いのも悪くないなあなんて思いながら、クロスバイクを漕いで、宝ヶ池の方へと帰っていく。

まだ夕陽が出るには早い。

 

冬至からもう一ヶ月以上たったから、春分に三分の一近づいたんだなあと思う。春分冬至で、日の入りの時間はどれくらい違うんだったっけ。

 

 

そんなことを思ったりしているうちに、お金を使わない日も、

わりと充実した日になっている。

 

 

 

 

週に1回くらい、ノー・バイ・デーを作ってもいいかもしれないな。