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デンマークでの3か月

迷いながら生きる若造の雑感

投票と選挙をめぐる雑感

 

5日前に、京都市長選があった。

 

 

今回は三人の候補者がいて、自民・民主・公明党推薦の、残った髪の形が特徴的な現市長と、現市長の過ちをズバズバ指摘する共産党推薦の元教員のおばちゃん、それに、天皇を京都に呼び戻そうとしている85歳のおじいちゃんの3人だった。

 

3人とも個性豊かでおもしろい。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は20歳を過ぎて選挙権を得てから、飽きもせずに毎回投票に行っている。

その1番の理由は、住民票の住所を実家から下宿先に移したことで、2番目の理由は、投票所が家からとても近いことだ。

 

去年引っ越して投票所が少し遠くなり、自転車で3分くらいかかるようになったが、以前住んでた家は投票所に隣接していた。

ごみを出しに行くより投票に行くほうが早かった、というのはちょっと言い過ぎやけれども。

 

 

 

 

そんなわけで、今回がたしか3回目の選挙だったんだけど、ちょうど公務員試験で政治学や行政の勉強をしていたところで、いつも以上にあれこれ思いめぐらすことがあったので、文章にしてみようと思う。

 

 

 

別に、このブログで同世代の人に投票に行こうなんて呼びかけるつもりはみじんもない。

今の世の中には選挙よりおもしろいことであふれているし、投票率を上げようとする運動があるならば、民主主義の道具として機能してるかどうかもわからない現在の選挙制度に反対する声があがってもいいはずだ。

 

それに僕は、自分が当選してほしいと思う候補者に当選してもらうためには、自分が一票いれるよりも、周りの人に投票に行かせないようにして投票率を下げることのほうが大事なんじゃないかと思っている。

 

 

もっとも、そこまでして誰かに当選してほしいとも思っていないから、ご安心を。

 

 

政治学で言われているらしいこと

 

とある公務員試験の政治学のテキストでは、選挙の機能についてこんなことが書かれている。

 

 

選挙の果たす機能には、たとえば次のようなものがある。

1.利益表出…国民の利害に形を与え、公の場で表明する働き

2.利益集約…社会的利害を調整し、政治的選択肢にまとめる働き

3.政治的リクルートメント…政治的要職に人材を送り出す働き

4.政治的コミュニケーション…政治に関する情報をやり取りする働き

その他、当選者や政治体制に権威と正当性を与える機能など…

 

 

これを読めば、「自分が一票入れたところで何も変わらないから選挙に行かない」というよくある意見は政治的リクルートメントに注目した意見だったということがわかるだろうか。

 

 

そう、選挙は、投票者の応援する候補を当選させるためだけにあるわけではない。

マスコミを通じて、国民に政策で解決すべき問題点や、政策によってどういった立場の人が利益を受けたり、逆に損をしたりするのかを国民に知らせる働きもある。

 

 

ちなみに、「自分が一票入れたところで何も変わらない」という感覚は、政治学では、政治に対する無力感と呼ばれている。

 

自分が政治に対して影響力を持っているという感覚を政治的有効性感覚と呼ぶが、特に、政治家や政党などに対する自己の影響力に関する感覚を、外的有効性感覚と呼ぶらしい。

 

 

つまり先ほどの発言をする人は、政治に関する外的有効性感覚が低い、ということになる。

 

まあ、これだけ投票人口が多いと、自分の持つ一票の効果なんて微々たるものだということはだれでも感じるだろう。選挙における外的有効性感覚はきっとみんな低い。

 

僕もそうだ。

たぶん、仮に自分だけ10票持っていたとしても、外的有効性感覚はそんなに高くならない気がする。

あれだけ僅差と言われた大阪都構想住民投票でさえ、1万票差以上あったんだから。

 

 

 それなのにどうして多くの人が票に行くのかというと、内的有効性感覚を高めるためなんじゃないかと思う。

 

内的有効性感覚ってなんやねんっていうと、政治の動きを理解できるなどの自己の能力に関する感覚のことを、そう呼ぶらしいんです。

 

今、日本や自分の住む地域でどんなことが問題になっているか、それに対してどの政党が、どの議員が、どんな風に解決しようとしているかをしっかり把握しているということ。その政策に対して自分がどんな意見を持っているのか、ということも含めて。

 もっとも、マスコミの報道によるプライミング効果(アイエンガー)や議題設定効果(マコームズ&ショー)に投票者は大きく影響されてしまうんだけど。

 

 

 多くの日本人が、政治の専門家でもなければ、特定の政策によって殺されたり生かされたりする立場にもいないのかもしれない。

もしそうだとすれば普段政治への関心を失うことは自然なのかもしれないけれど、

そういう人も、選挙の時には自分が誰に投票するかを考えながら、今の社会や政治の動きを学ぼうとするんじゃないだろうか。

 

 

自分もそんな風に、今まで選挙のたびにちょっとずつ京都や日本のことを学んできた気がする。

 

 

 

 

判官贔屓

 

僕が投票した候補者はだいたい落選する。

 

今まで3/4の割合で投票した人が落選している。3回しか選挙に行ってないのに分母が4なのは、小選挙区比例なんちゃら制度のせいだ。

 

 

これには、「与党第一党の方針が自分の肌に合わないからだいたいほかの政党に入れてきた」というまっとうな理由もあるが、

それ以上に、昔、坪井がいた時代の阪神を応援していた僕は、負けそうなチームを応援したいのだ。

 

ずっとリーグ優勝しているチームや長い間与党になってる政党を応援してもおもしろくないと思うのだ。

 

 

ちなみに、自分が入れなくてもすでに得票数が高い人気候補に入れるよりも、もともと票が少ない候補者に入れたほうが、自分の一票の価値が高いように感じる。

さらに、得票数一位の候補者との差を一票でも縮めてやれたと思えて、外的有効性感覚もちょっとだけ上がる。

 

 

 

そうして僕は、かつて長い間最下位だった阪神を応援するかのように、当選しそうにない候補者を応援する。

 

 

 

そんな風にしてると、選挙はわりと楽しくて、みんなに投票に行かせないようと働きかけることを忘れてしまうのだ。

 

 

 

 

以上、公務員試験の政治学の範囲の復習でした。