考え事と生活の記録

とりとめのない日々の記録です。

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年度変わりになると、今でも落ち着かなくなる。

まだ小さくて、学校に通っていたころは、新しいクラスがどんな人がいるかなんてことが気になってそわそわしていたと思うけれど、クラス代わりでなくても、仕事でも同じように新しく後輩が入ってきたり、異動があったりして落ち着かない。新しい仕事も出てくる。

 

桜が咲いて外の景色はきれいで、気温も快適だというのに、なぜか憂鬱な感覚を持ってしまうことも多くて、ささいなことで傷ついてそれを引きずってしまったり、小さなことにプレッシャーを感じてしまったりする。

 

 

こんなときは、できるだけのんびりして、憂鬱な気分に耽りたいときは存分に耽って、気分を変えたくなったらサウナや水風呂に入ったり、スポーツしたり、好きなことをすればいいか、とも思うのだけど。

 

 

季節代わりのような環境の変化は、いくつになっても苦手なのかもしれない。

 

どうか、静かなままでいられたら、なんてことを、こんなときには思ってしまうのだけど、そういうわけにもいかないから、少しずつ心を、慣らしていくしかないんだろうな。

 

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教育虐待と精神病院

3日間泊めてもらった八戸の友人の家から奈良に帰ってきた。

リンゴや海産物をお土産に持ち、青森空港から神戸空港へ飛ぶ飛行機から八甲田山を見下ろした。神戸空港からポートライナーで三宮へ行き、阪神線に乗り換えたあと、2日連続で八戸のジムでボルダリングをして凝った体で、家の最寄駅の駐輪場に停めていた自転車で帰宅した。背中には衣類でパンパンになったリュックを背負い、クロスバイクの左のハンドルにリンゴや海産物が入った袋をかけ、右のハンドルには、コーヒー豆や青森産のにんにくやお菓子を入れた袋をかけて家まで自転車をこいだ。

 

青森駅からずっと、飛行機でも電車でもpodcast第一次世界大戦の話を聞いて、旅の最後に鬱々とした気分になっていた。戦争は嫌だ。だけど当時の人たちも世界大戦が起きるなんて思っていなかった。2011年の2月には、ほとんど誰も翌月に大きな津波を伴う大地震を予想しなかっただろうし、原発から放射能が漏れることだって予想していなかった。新型ウイルスだってそうだ。

これからも世界に、どんな絶望的な出来事が起きるかわからない。

 

 

podcastを聞きながらスマホでニュースを見た。ひどい話を読んだ。

帰ってからまたパソコンでニュースを見たら、またひどい話があった。

どちらも自分のこれまでの人生経験から、関心を持たずにいられないような話題だった。

 

 

医学部受験で9年浪人 〝教育虐待〟の果てに… 母殺害の裁判で浮かび上がった親子の実態(47NEWS) - Yahoo!ニュース

 

5663日間、患者の身体拘束を指示 日本の精神医療の異常さ、あらわに(47NEWS) - Yahoo!ニュース

 

 

教育虐待

滋賀のニュースは、ずいぶんショッキングだった。本人が望まない、9年間の浪人。20代というとても大事な時期に、不自由な生き方を強いられて、その相手を殺めてしまったために、これからの人生も大きなハンデを背負うことになるかもしれない。

こんなことがなければ、もっと自分のしたいように、好きな職について、好きな人生を送れたかもしれない。たまたまその家庭環境で育って、どうすることもできずに犯罪者になってしまう。

 

 

ニュースを読んで思い出すのは自分の家族のことだった。

いい部分もたくさんあったのだけど、母親代わりに僕を育ててくれた祖母も、孫に対して厳しすぎるところがあった。テストで納得のいく点をとってこない孫(これは僕ではないのだけれど)に暴力をふるったり、家で勉強するのを後ろから監視したりしていた。勉強をしないと罵声を浴びせたり、言うことを聞かない孫(これは僕だ)の姿を見て、悲しんで泣くことさえあった。

10~20年前の僕が「教育虐待」って言葉を知っていたら、祖母に対して、その言葉を突きつけて痛烈に非難したと思う。だけどおそらく当時は教育関係者ですら、この言葉を知る人は少なかったんじゃないか。

 

思えば祖母も、自分の学力にコンプレックスを抱えていた。特に英語に関してそうで、そのために僕や兄は小さいころから英語を習っていた。僕はおかげで語学が好きになって、今は自主的に英会話教室に通ったり中国語を学んだりしている。数学や歴史も好きになったし、悪いことばかりでもなかった。

 

だけど、当時は祖母のプレッシャーは大きなストレスだった。

 

コンプレックスがあるなら、いつからでも、自分が勉強すればいい。学ぶ楽しみを知っている人が家族にいたら、周りも影響されて、好きなことを学ぶようになるかもしれない。子供も孫も、自分の分身じゃない。

 

コントロールするのは、自分自身だけでいい。

 

 

 

 

精神病院

 

他ならぬ祖母が、生前、精神病院の閉鎖病棟に何度か入院をした。

看護師が鍵を3度も開けた奥の、トイレとベッド以外に何もない、時計すらもない部屋に祖母が入院させられているのは、それまでの祖母の言動を考えても奇妙だった。

 

図書館で日本の精神病院のことを調べ、留学先で外国のケースも見て、帰国してから、精神病院内での虐待防止をひとつの目的としたNPOで時々活動するようになっていたころに、ニュージーランドの方が、日本の病院で拘束されて亡くなった話をニュースで知った。

 

20年以上前から、こうした虐待事件は何度かあるようだったし、人権団体や問題意識を持った人たちの、状況改善に向けた努力は並々ならぬものなのに、どうしてこんなにも世間は無関心で、今まで抜本的な改革は起きなかったのだろうか。

どうして今になってようやく、ニュースのアクセスランキングの上位に入るようになったんだろう。

 

 

 

 

僕がそんな風に思っているのは、僕の家族がたまたま精神病院に入院したからだ。

僕の家族が入院しなかったら、僕もきっと無関心な大多数のうちの一人だ。

 

 

 

みんな、遠い出来事や人には無関心だ。知らないことには、関心を持てないし、想像力を働かせることもできない。

 

10年目の今年、テレビでドキュメンタリー映像を見るまで、東日本大震災で両親を失った男の子の心情を想像することが、僕は一度もなかった。

 

社会人になって先天性の障害のある人たちと関わるようになるまで、日本の、同世代の障害のある人たちの平均収入が、アパートを借りて一人暮らしをするのが困難なほど安いことを知らなかったし、その事実を知らなかったから、その人たちの悩みを想像することもなかった。

 

 

こっちの気持ちも想像してみてほしい。

一方的に自分の気持ちや言いたいことばかり伝えないで、僕の気持ちをわかってほしい。

どれだけ苦しい思いをしているか、気づいてほしい。

 

さいころ、祖母や周りの人たちに対して、よくそんな風に思っていた。

 

 

相手の気持ちに対する想像力が欠けている。だから、人を自分の意のままにコントロールしようとするし、自分がされたら嫌なことを、平気でする。

 

 

 

 

「私の気持ちをわかってほしい。しんどいことをわかって、助けてほしい。どうにかしてほしい。」

 

相手に期待して、期待通りに動いてくれずに絶望していたのは、孫が思い通りに勉強してくれずに困り果てている祖母もきっと同じだった。

 

 

想像力を働かせることを求めるのは、自分自身に対してだけでいい。

 

どうしたら相手は楽になれるんだろう。

自分がどう動いたら、2人の関係はましなものになるんだろう。

 

もっと想像力を働かせることが、自分にできれば、状況をよくする方法が見えてくるかもしれない。

 

 

相手に求めるよりもずっとハードだけど、健全で、少しは大人らしい態度なのかもしれない。

 

 

 

 

行動する前に想像する。

想像するために、まずは他の人たちのことを知ること。

自分の外に、関心を向けること。

目の前だけじゃなくて、少し遠くを眺めること。

 

 

そんなことを、ぼんやりと考える。

なんでもないものを使い続けて好きになること。

「今あるものに愛着を持つこと」と、「いつもの風景を違う見方で捉えること」についての学び。|もりもと こうへい|note

 

noteに、今もっているものを長く使い続けることについての文章を書いた。

もう少し、書きたいと思うことができたので、はてなブログに続きを書いてみる。

 

以前、「人の暮らしに入っていく仕事」について、まとめたときもそうだったけど、noteに書いたあとで、書きたかったことちゃんと書けてない気がして、でもまた同じ媒体に書くの、ちょっとうるさいかなって思って、こっちに書いてみるのだ。

 

 

 

価値が高くないものを使い続けてじわじわと価値を持たせる。

僕がここで言う「価値」というのは、超主観的な、その人だけにとっての価値であって、どれだけ魅力を感じるか、というようなことである。

 

たとえば、ハイテクで便利な機器とかおしゃれな家具とか、デザインの素敵な車とか、伝統工芸の食器のような、ある程度多くの人が魅力を感じるものに魅力を感じることは僕ももちろんあって、多くの人がが魅力を感じ、価値があると信じるものと言ったら「お金」がその最たるものなにかもしれないと思う。「素敵なパートナー」とか、「信頼できる友人や先輩」「自分の子ども」、の方がもっと価値がある、という人の方が多いかもしれないけれど。

 

たとえば投資によって、お金を少しずつ増やしていくようなことができたらとても喜ばしいことだと思う。価値のあるものが増えていく、というのは嬉しいことだ。

 

一方で別軸として、その人しか感じられない価値、というのもあって、それが特定のものに対する愛着だったりする。「そのときは彼によろしく」という小説のなかで、少年期の主人公は何でもないような川辺の水草を観察する時間を愛するし、少年の友人は美しいゴミの絵を描くことに、放課後の何時間もの時間を費やす。

 

 

noteに書いた、僕が長く使い続けているもの、弁当箱、筆箱、スマートフォンは、決して同じカテゴリーのもののなかで高級な方ではない。弁当箱や筆箱は普通にホームセンターや文具屋で売られていたものだし、スマートフォンはY!mobileのショップで比較的安く買ったものだ。けれど、何年も使っているうちに愛着がわいて、できればこれからも長く使い続けたいと思うようになる。

 

最近僕が愛用しているものに、100円ショップで買った薄いプラスチックのコップがある。平べったい蓋がついていて、レンジで温めるときや、長い時間温かい飲み物を手元に置いて作業しながら少しずつ飲みたいときに便利だ。

 

軽いから、アウトドアに持っていって、外で温かい飲み物を飲むのにも使える。蓋をしておけば砂埃も入らずにすむ。

 

コップの内側についた、小さな傷についた汚れがめだっていたけれど、薄めたハイターに数十分入れておけば、新品同様にきれいになった。そうやって長く使っているうちに愛着がわいてきて、自分にとっての価値が高くなっていく。

 

そうやって時間をかけて好きになっていけば、安いものでも魅力を感じることができる。

安いものの大量消費に対する反動として、高いものを大事に長く使う、ことを言われがちだけど、安いものでも長く使えば、主観的な価値が出てくる。

 

そうやって価値を持たせることは、もともと高い価値のあるものを使い続けることと同じかそれ以上に、喜ばしいことなんじゃないかと思っている。

 

 

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前にnoteに書いた「人の暮らしに入っていく仕事」についての文章と、

そのあとにHatena Blogに書いた文章もついでに。半年ほど前に書いたものです。

 

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