書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

3日目

6月1日

 

ソファは快適でよく眠れ、起きた頃にはずいぶん疲れが取れてすっきりしていた。もう9時前だ。昨夜から、デンマークの西部、Jylland(ユラン)半島のVejen(バイエン)という街にある友達の家に泊めてもらっていた。

 

起きた頃にはその友達はもう、朝食の準備をしてくれていた。車椅子で自宅のキッチンとリビングを器用に往復しながら、移動式の台を片手で動かしてパンやヨーグルトやシリアル、ジャムやハチミツなどをテーブルに運んでいる。

 

2年前一緒に留学していた学校のビュッフェ形式の朝食を見事に再現してくれていて、その心配りに朝から感動した。遅くに起きた僕は少しだけ運ぶのを手伝ったあと、懐かしい味で幸せになりながら、昨日の話の続きをする。

 

僕はろくに英語を話せないのだけれど、彼女は2年前に僕が話したことをはっきりと覚えていて、僕が興味を持ちそうな話をたくさんしてくれた。彼女との会話で僕はほぼ聞き手に回っているから、僕からの情報量が少なくて覚えやすかったのかもしれないと後で気づく。

 

デンマークのテレビで以前、日本人の自殺の多さについて放送されてらしく、そのことに心を痛めてくれていた。僕の周りでも何人か自殺をしているけれど、その原因は複雑だし、簡単に解釈できるものでも、すべきものでもないと思う。

ただ、日本ももっと生きやすい社会になればいいと思って、幸福度が高いと言われるデンマークを訪れ、2年前にこの国の社会からたくさんのことを学び、帰国してからもインターネットや本で学び続けてきた。

 

「職場で働きすぎないこと」これはデンマーク社会が幸せと言われる、ひとつの大事な要素だと思っている。4時には仕事を終えて家に帰るデンマーク人は、友人や家族や自分自身のためにたくさんの時間を使っているし、それができるよう、国民は団結して労働者の権利を勝ち取ってきた。

 

けれど最近のデンマークでは障害のある人への働くことのプレッシャーが高まっているようだ。障害のある人にも働かせることを通して、社会福祉の予算を削減することをデンマーク政府は目指してきた。重度の知的障害の人たちにも職場へ来るように促す。何もせずに20分だけ職場に来て帰る人もいてばかげていると彼女は話していた。

 

そういった政府の方針に対する国民の評価が、4日後、選挙で示される。

 

その友達はそれでも、働くことを選ばなかった。リハビリや、家での生活を日々こなすことに力を注ぎたいと言っていた。自分の生活は自分で決めるのが当たり前だと、言葉にしなくても、彼女の生き方から伝わってくる。

 

おいしくて長いブランチをいただいて、荷物をまとめて部屋を出る。

少し用があったので近所の図書館に連れて行ってもらってから、長距離バスの停留所まで送ってもらう。彼女は自治体から支給されたという、足の不自由な人用のスクーターで街に出ていたのだけど、図書館の中へもそのまま入っていって少し驚いた。”当たり前”が少しずつ日本とは違う。

 

バス停の近くのホームセンターでデンマークで使える携帯の充電器を買ってから、彼女と別れる。足が不自由だからなかなか日本には来にくいだろうと思って、今回の旅行で彼女に会おうとしたのだけれど、京都か奈良にヘルパーと遊びに来るといっていたから、そう遠くないうちにまた会えそうだ。

 

バス停のそばにあるマック(その友達はMacD(マクディー)と読んでいた)で400円弱のカフェオレを買って休憩してから、今度は時間通りに来てくれたバスに乗ってコペンハーゲンへ向かう。3時間のバスの中で彼女との話を振り返りながら少しずつ頭のなかを日本語モードに戻していくと同時に、あまり英語が話せずに傷ついた自尊心と、英会話で疲れた頭を回復していく。英語が話せなくても楽しく生きている人はたくさんいる。

 

コペンハーゲンには5時半ごろに着いた。おとといと同じホステルでチェックインを済ませ、早めにシャワーを浴びる。まだまだ外は明るいけれど、今日は簡単な夕食をとりホステルで洗濯をして、飲み物だけ買って早めに休むことにする。

 

明日は朝9時の便でフィンランドへ行くから、6時台にはここを出ないといけない。