書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

岡真理さんの『ガザに地下鉄が走る日』(2018)(みすず書房)を読み終えて思うこと

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自分たちが暮らす地域の土地を、お金持ちの民族が少しずつ買い占めていく。

その民族の人たちが買った土地で自分たちは働くことができず、その土地を買い戻すこともできない。

 

いずれ、自分の家も破壊され、抵抗すれば圧倒的な軍事力で殺される。

いつの間にか、多くの人が難民となって祖国を離れ、残った者は狭い狭い地域に隔離され、高い壁で覆われてその民族の兵士やドローンに常に監視される。

 

度重なる空爆発電所や空港、学校や病院も破壊され、安心して子どもを生むこともできなくなる。自分たちの土地だったはずなのに、水路も失い、飲料水は相手の国から買わないといけなくなった。

 

失業率は40%を超え、自殺が禁じられている宗教を信じていたはずの若者が、未来に希望を持てず自殺していく・・・

 

 

絶望的な面だけを切り取って伝えるのはよくないかもしれない。

この本にも、希望が描かれていて、イスラエルパレスチナに平和が訪れることを著者も願っている。

 

ただ、書かずにはいられなかった。

「テロ」としてイスラム教徒側の暴力が報道されるにも関わらず日々圧倒的な軍事力でパレスチナ人を殺害しているイスラエル側の空爆はほとんど報道されない状況が、あまりにもおかしいと思い、この本を少しでも多くの人に読んでほしいと思って、こうしてブログを書いている。

 

 

イスラエルという国が、今後どうなっていくのかと思う。

今、国内にいるパレスチナ人を政治家たちは軽視し、一方でユダヤ人がイスラエルに来ることを歓迎している。

これほどまでに、民族というものにこだわった国はほかにあっただろうか。と思う。

歴史を見れば、いくらでもあるのかもしれない。ナチスドイツもそうだし、アパルトヘイト時の南アフリカなんかもそうだろう。

 

でも、この疑問に対して真っ先に思い浮かんだのは、日本だった。

難民の受け入れを拒み、移民の生活を軽視し、隣国の朝鮮の人たちの差別がいまだに続いている。沖縄県民のことさえ、自分たちと違うと考えて基地問題を平気で押し付けている。

 

きちんと勉強したことがなくてまだわからないけど、北海道入植時のアイヌ民族への迫害はどうだっただろうか。

 

日本人にも、イスラエルの人たちと同じような考え方は、過去にも今も、少なからずあるんだろう。難民の受け入れを厳しく制限し、移民を差別している間は、日本にイスラエルを責める権利はないのかもしれない。

 

 

一方で、ベルリンの壁のように、いつかガザの壁も壊される日が来るのだと思う。

それを国際世論が後押しすること、日本人も、不買運動をするノルウェー人のように、その一員になれる日が来ることを願っている。

 

そして、ガザに地下鉄が走る日が本当に訪れたら、どんなに嬉しいか。

自分が生きているうちに、その日が来てほしい。