書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

お盆の入りの日の雑感

 

前回このブログに書いた、このTED Talkの翻訳が著作権侵害に当たるかもしれないと思って下書きに戻しておいた。せっかく頑張って訳したからTEDのサイトの日本語訳として使ってもらえないかなあと思って調べたら、TED翻訳ガイドというのが出てきて、字幕一枚あたりの字数制限とかが細かく決まっていて、なかなか大変そうなのでやめておいた笑

 

www.ted.com

 

ブログのタイトルの「雑感」という言葉が便利で、とりとめのないことを書きたいときによく使う。僕にブログを書くことを勧めてくれた友人が使っていた言葉を真似て僕も使い始めた。

 

昨日からお盆の4連休が始まった。職場の、僕のいる部署は、障害のある子どもたちと過ごす仕事があって、夏休みは子どもたちが学校が休みなために朝から来るから仕事の時間が増えて少し大変なのだけれど、大型連休ではないものの休みはしっかり確保してくれて、今年の8月は2回4連休があってありがたい。

 

ひとつめの4連休の初日の朝に、佐川急便のおっちゃんが、予約していた本を届けてくれた。

”Reading with Patrick: A Teacher, a Student, and a Life-Changing Friendship”

 

先述したTEDtalkの話者の本で、TEDで話していた、ある生徒との関わりを詳細に綴った本だ。

僕は大学の頃から(正確に言うと中学生の頃からかもしれない)、貧困や格差とか、家庭が大変な子どもに関心があって、この著者がミシシッピ・デルタの学校に赴任するきっかけとなった団体であるTeach For Americaの日本版、Teach For Japanの面接にも、たしか大学2回生の頃に行ったことがある。Teach For JapanはNPOなんだけどボランティアの面接があり、当時すでに人気だったそのボランティアの面接に僕は落ちて、でもそういった分野への関心は消えなかったから、そのあとしばらくたってから不登校の子の家庭教師を始めたり、生活保護世帯の中学生に勉強を教えるボランティアを、大学を卒業するまでしたりしていた。

 

著者のMichlle Kuoさんと、読書家なところとかも含めて、価値観や感性が自分は近いんだろうなと思う。このTEDTalkには夢中になって、通勤時間とかにもうたぶん50回くらい聞いているんだけど、本のIntroductiionで書かれたこの著者の子ども時代のエピソードにも、自分の過去や育ちと重なる部分があった。それを読んで、今年の春に逝った育て親のおばあちゃんに感謝の気持ちが湧いてきて、初盆だなあと思いながらしみじみして書いてみたくなって、こうしてブログに書いている。

 

アメリカ育ちのMichlle Kuoさんは、両親が台湾からの移民で、住んでいた地域は黒人の人たちが市民権を求めて戦ってきた歴史のある場所でもあった。同時に、育った場所に近いデトロイト周辺は、日本製の自動車の普及によって雇用が失われてしまうことになった場所だったから、日本人や、中国人も含めたアジア人に対する差別や暴力事件があったらしい。

 

そこから著者は、格差や差別といった問題に関心を持つようになり、ハーバード大学を卒業したあとで、アメリカ国内でもっとも貧しい地域の学校の教師になるんだけど、Introductionでは著者が子どもだった時代に、両親から受けた忠告(いつ外で白人に暴力をふるわれるかわからないから用心しろ、ということ)や、厳しい家庭での英才教育について書かれている。

 

”Like many immigrants, my parents believed education was both a barricade against harm and a ladder to safety and prosperity”(Introduction, xiiiページ)

「多くの移民の人たちのように、私の両親は教育が危害に対するバリケードになり、同時に安全と成功につながるはしごになると信じていた」

 

移民の子どもという立場は元々厳しいもので、少しでも安全な立場に立てるよう、著者の両親は子どもたち(著者には兄がいる)に教育を与えたようだ。

 

僕の祖母は、母親が自殺をした僕や兄が、そのことについて劣等感を持ったり、周りから差別的な目で見られることを心配して、せめていい大学に行かせてあげようと、僕らが小さい頃から勉強に対してすごく厳しく教育をしてきた。


その教育が厳しすぎて、ストレスになって兄は病気になってしまったけど、たまたま勉強が性にあっていた僕は、国立大学を卒業することができた。


僕の方が兄よりも、内向的で、小さいことを気にしてしまう気質だったから、勉強をして成果を出して自信をつけたりすることがなかったら、もしかしたら今ごろもっと卑屈で、生きづらさを感じていたかもしれないなと思う。


僕は祖母に厳しくしつけられていた当時から、勉強や努力が必ずしも人を幸せにするわけじゃないことを知っていたし、もっと大事なことがたくさんあることもわかっているつもりだ。


でも僕にとってはたしかに、「安全や成功」、とは違うかもしれないけど、自由や精神的な豊かさにつながるはしごになっているなと思って、祖母のスパルタ教育を、ありがたく思えた。


周りからガリ勉とか、そういう目で見られることを気にしていた時期もあったけど、僕は勉強が好きだった。

英文を呼んで知らない世界を知ることにワクワクしたし、数学は難解なパズルのように夢中になれた。複数の科目を少しずつやらないといけないのが辛くて、どの科目についても、ひとつの科目をずっとやってたいと思うことがたくさんあった。


今僕は、働きながら、仕事以外の時間に語学をしていて、それに没頭できる環境を貴重だと思っている。


そして勉強を通して素敵な本に出会って、昔のことを思い出したり、自分が好きだったことやしたかったことに気づけることがおもしろくて、その機会をくれた亡き祖母が、天国で幸せに暮らしてくれることを願っている。