書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

気持ちを話したり書いたりしながら、自分にとって、何が幸せなのか考え続けること。

(noteもやっているのですが、使い分けが定まらず・・・。はてなブログのほうにも同じのを投稿してみます)

 

フォルケホイスコーレ留学を振り返るきっかけ

新年早々、3年前にデンマークのノーフュンスホイスコーレという全寮制の学校に一緒に留学していた仲のよい友人が、おもしろいインタビュー記事をシェアしてくれた。

「『心地いい』の見つけ方」というタイトルの記事。著者はデンマークのスノーホイという田舎町で以前留学していた日本人で、日本で起業した友人のデンマーク人(20代男性)にインタビューして記事にしている。

 

大学4回生でデンマークに留学し、帰国後就職してから余裕のない日々を送るようになったという著者は、ヒュッゲ(Hygge)という言葉で知られるように、心地よい時間を大事にするデンマーク人に話を聞き、数年前に過ごしたデンマークの暮らしに立ち返ろうとする。この記事の読者はきっと、リラックスできる時間の作り方やより楽に生きるためのヒントを得られると思う。

僕はこの文章を、共感しつつ、少し驚きながら読んでいた。ここのインタビューのなかでデンマーク人が話していたことが、この記事をシェアしてくれた友人やぼく自身が、留学中にデンマークに住む人たちの考え方や生き方から学んで、日本でも大事にしていきたいねと話していたこととおもしろいくらいに一致していたから。デンマークにはいろんなデンマーク人がいて、デンマークに留学する日本人にもいろんな人たちがいるはずなのに、留学した日本人がデンマークの人たちから学ぶことって、実は結構共通している?

僕が3年前のフォルケホイスコーレ留学で得たもの

これは僕の経験なのだけど、デンマーク人はたしかに日本人と比べて、ひとりひとりのペースを尊重して、互いがリラックスして好きなように生きることを大事にしているのだけれど、そうした価値観、考え方に惹かれてデンマークに留学したり、研修に来ていた人たちでできた日本人コミュニティもまた、居心地がいい。

僕が3年前に3ヶ月弱過ごした、デンマーク、フューン島北部のハリスレウという田舎町の学校には、日本人の先生が日本人向けにしてくれる授業もあった。とはいえ、わざわざお金を払って遠く離れた国の文化を学びにくるだけあって、日本の慣習や常識と、距離をとって考えられる人ばかりだった。関心の分野はそれぞれ違ったけれど、日本の常識や「こうあるべき」にとらわれずに、むしろそうしたものから自由になるための学びを求めて、デンマークに来ていた人たちだったように思う。

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学校には、あなたはどういう人で、日本で経験したことやデンマークに来て見聞きしたことについてどう思うのかと、経験したできごとよりも、その人の考え、感じ方に興味を持って聞いてくれる先生たちがいて、同じ授業を受けていた人たち(日本で大学を休学してきていたり、仕事をやめてきた人たち)も、授業を聞いて印象的だったこと、あるいは他国出身の人たちの学校での暮らしぶりから感じ取ったことをよく話してくれた。たとえば、授業中の誰かの発言にもやもやしたことがあればそれについて放課後に庭で1時間くらい話すこともあったし、逆に「この学校の居心地の良さってどこから来てるんだろうね。」とか、「日本でどうやったら再現できるかな」などと、何日もかけて話したりしていた。

ネガティブな感情でも、丁寧に話そうとしてくれたから、それに影響されて僕もオープンに話すことができた。

その人たちとは帰国してからもずっと関係を続けていて、彼らとのつながりは僕の人生を、それまでよりもかなり楽で、かつ豊かなものにしてくれた。彼らと一緒に、デンマークの学校の授業を体験できるようなイベントをしたこともあるし、普段からチャットや電話や、直接会って話すことも多い。

会話のなかで僕は、仕事などを通してさまざまなことを日々経験している彼らからたくさんの気づきや学びをもらうと同時に、話を聞いてもらいながら自分の気持ちを整理したり、日々の仕事やプライベートで起きたできごとを振り返る貴重な機会にさせてもらっている。

そうした人たちとの出会いは、デンマークに来るまで、日本での忙しい日々や社会的なプレッシャーに窮屈さを感じていた僕を楽にしてくれ、日本で就職して3年目の今も楽にしてくれている。しんどい気持ちも含めて素直に吐き出せる環境では、人は自分を抑圧せずにいられる。

留学した僕らだけでなく、デンマークに関心のない人にも、僕らが留学していたフォルケホイスコーレのような、どんなことでも話せてしまうような場の心地よさを経験してほしい、過去の僕と同じように、生きづらさを抱える人が楽になっていくきっかけを作りたいという気持ちがずっとあった。そのために数回、留学していない人も交えてイベントを行ってきたものの、そうした場の心地よさを、デンマークに行ったことのない人に対して言葉で表現することが難しくてあまりできていなかった。けれど「『心地いい』の見つけ方」を読んだ今なら、少しはうまく伝えられそうな気がしたので、この文章の一部を引用させてもらいながら、もう一度自分の経験なども書いてみよう。そんな気持ちにさせてくれたこの記事の著者には感謝してます。

ちなみにここまでは、記事の3ページ目の最初の

「北欧の人たちが得意なのが、リラックスともうひとつ、
自分の心の状態をよく話すことだと思うんだ。」

以下の会話をヒントに、3年前のことを思い出しながら書きました。

 

自分にとって何が幸せかを考え続けること。

 

自分が幸せかどうか、自分自身に問いかけるんだ。
僕は、「幸せであること」はすごく大事なことだと思ってる。
(記事4ページ目)

留学中に受けた授業で、今でも役に立っていると思うものがいくつかある。そのうちのひとつが、デンマーク人の先生がいろんな国の生徒が集まるクラスで、英語でしてくれていた授業。このクラスでは、散歩しながら生徒どうしで話をしたり、自分の国の文化を伝えるための劇をしたり、天気の良い日には庭でディスカッションして発表したりと、体を動かしながら行うワークがいくつかあった。

そのなかでも特に僕が好きだったのが、自分の今の状態を知るワークショップ。

4人ずつのグループに分かれて、グループのなかでひとりずつ順番に、立った状態で行う。残りの3人は周りから質問する役割。順番が来た人(”Aさん”とする)の周りに前後左右に、North,South, West, East(東西南北)と書かれた紙を置いて、それぞれの紙のところに一歩足を踏み出す。Northのところにきたら、周りの人は、”Is your spiritual need satisfied?”と尋ね、Aさんは、自分のspirit(精神)がどれだけ満たされているかを、Yes,Noではなく%で答える。

それが100%より低かったら、つまり30%とか70%だったら、周りの人は”What you need to be satisfied?”と尋ね、Aさんは自分がより精神的に満たされるために何が必要かを考えて答える。たとえばAさんがキリスト教徒なら教会にいくことかもしれない。終わったら最初の位置に戻り、次はWest, South, Eastと順に回る。

Westでは、physical need、EastではMental need、SouthではEmotional needいついて同様の質問を受け、Aさんは身体的、知的、気分的に自分が今満たされているかどうかを自分自身に問い、満たされていなければ、満たされてるために何が必要かを考える。

自分が今満たされているかどうかに注意を払い、より満たされるためにどうすれば良いかを考えること。それを僕はこの授業から学んで、日本に帰ってからも時々、頭の中でひとりで行うようにしている。

僕だったら、physical needがあんまり満たされてないなと思ったら仕事で疲れた体を休めるために、銭湯に行ったり、逆に体を動かすためにスポーツをすることもある。Mental needが満たされていなければ図書館に行って本を読んだり、映画を見に行ったり、興味のある講演に行ったりする。

いまの自分にとってはそれで満足できるけど、もしかしたらいずれ、より自分のneedを満たすために、転職や、長期間旅に出ることが必要になるかもしれない。そうやって、自分が幸せである状態を目指し続けるということは、自分の人生を有意義なものにするだけでなく、きっと周りの人にもいい影響を与えると思っている。

「”自分は”どうすれば満たされるか」を考える癖をつければ、ほかの人の幸せも考えられるようになるんじゃないか。

ここまで書いといてなんだけど、もちろん人はひとりで生きているわけではないし、それはデンマーク人も日本人も同じ。社会的な制約やしがらみはたくさんあって、生活するために長時間働かないといけなかったり、家族の世話をしないといけないこともある。友人や同僚との人間関係に悩むこともある。それでも、自分がどうすれば満たされるかを考えることは、どんな状況でもとても役に立つと思っている。

僕がフルタイムで働いている職場(障がい者支援の現場)には、デンマークに留学していなくても利用者の幸せを当たり前に考えられる人たちがたくさんいるのだけど、自分がどうすれば満たされるかを考えるのが大事だということ、そしてその満たされ方は、ひとりひとり違うということを学んだおかげで、僕は仕事でもプライベートでも、その人はいまどれくらい満たされているか、満たされていないとしたらどんな方法をとればいいかをなんとなく考えられるようになった。

自分自身の満たし方を知っていれば、人はたいていの時間ある程度満足した状態で生きられる。そうすれば人を恨んだり嫉妬したり嫌ったりしなくてすむから、相手のことを考えられるというのもあるだろう。

そうやって、ある程度自分を満たした上で相手を満たそうとするマインドがもてれば、自然と相手を思いやれて、人間関係も(たぶん)良好になる。

 

自分を満たす手段を、書いて整理したり、人に話したりしながらわかっていって、しんどいことを吐き出せたり、お互いどうすれば自分がハッピーになるかを考えられるような人間関係ができれば、ある程度、気持ち的に豊かに、安心して生きられると思う。

 

僕は10代~20代前半のうちのずいぶん長い期間を憂鬱な気分ですごしていた。当時考えたことはきっと今でも自分の土台になっていて、とても大事な期間だったと思っているのだけど、かつての自分や家族のように、苦しむ人を助けるためには自分が満たされて、心に余裕を持たないといけないと気づかされてから、自分の幸せに少しずつ目を向けるようになった。

日本人には(特に男の人には)、「幸せ」について考えたりすること自体がちょっと恥ずかしい人もいるだろうし、自分が満たされるよりも大事なことがあるって人もきっとたくさんいて、それもかっこいいのだけど、不満の多い状態で生きていると周りの人のことを考える余裕がなくなってしまうから、他の人たちのためにも、あんまり苦しくならないうちに自分が満たされる手段をとってほしいと思う。互いに我慢を強いるのは、ちょっと窮屈だから。