書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

ルックイースト政策Ⅱ クアラルンプールでマレーシア人の友人から聞いた話と、聞いていて思ったこと。

※この文章はマレーシアの政策についてまとめたものではありません。書いているのは海外の政治に詳しい専門家ではなく無知な一般人(福祉職に従事する27歳の会社員)であることを先に断っておきます。どちらかというと日記に近いものです。

マレーシアのルックイースト政策Ⅱについて詳しく知りたい人はこちらの記事なんかをどうぞ。↓

www.freemalaysiatoday.com

 

 

「日本のすべてを真似しようってわけじゃなくて、過労死なんかは真似しないで、努力する姿勢とか、おもてなしの文化を真似するべきだっていうのがマハティールが言ってることなんだ。かといっておもてなしも、マニュアル的に、嫌いな客にも笑顔でありがとうって言ったりするのはよくなくて、ほんとにありがたいと思えてないと意味がないけどね」

 

アニメの登場人物が使いそうな言い回しが時々出てくるユニークな日本語を話す彼の言葉をうまく再現できないけれど、駅前のショッピングモールのレストランでチキンライスを食べながら、マレーシア人の友人が言っていたのはそんな内容だった。

以前日本語の教師をしていた彼はアニメや映画、ゲームなど、日本のものが大好きで、今はクアラルンプールの大学の博士課程で日本語の研究をしている。

 

僕は彼女とマレーシアに旅行に来ていた。 2012年に、初めての海外旅行で大学のサークルの人たちと訪れたのがマレーシアだった。そのとき出会った、僕にとって初めての外国人友達でもある彼に、先日、クアラルンプールを案内してもらった日の夜のことだった。

 

マレーシアにいくのはこれが2回目だというのに、恥ずかしいことに、世界最高齢の首相のマハティールさんのことも、彼が過去にも首相だったときに進めたルックイースト政策(世界史や社会の授業で習った人も多いと思う)を今またやっているということも、僕は知らなかった。思えば僕はマレーシアの政治について一度も学ぼうともしてこなかった。ついでに言うと、「マレーシアって聞いて日本人はどんなイメージを持つの?」という彼の質問にも、あまりうまく答えられなかった。

 

これまで何度も日本に訪れ、日本人の知り合いも多いその友人が、「日本で外国人というと僕ら東南アジアの人じゃなくて、ヨーロッパ人を指している」と言っていたように、僕もきっと、無意識に東南アジアのことを軽視していたのかもしれないと思う。

 

僕らは世界史の授業で、日本が世界対戦中に東南アジアの国々を侵略していたことや、戦後ルックイースト政策でマレーシアが日本から学ぼうとしていたことを学んだ。

ほかにも東南アジアの国々を発展途上国と呼ぶ教科書の表現を見ていたこと。日本という国のシステムが東南アジアではなく欧米を真似て作られてきたこと・・・

何が原因かわからないけど、無意識に東南アジアを軽視するところがあったから、これまでに学ぼうとしてこなかったのかもしれないと思った。

 

 

マレーシアは8年前と比べてものすごく変化していた。

友人はGrabのアプリでタクシーを使いこなしていたし、Grabfoodのバイクもよく見かけた。あまり混んでいない時間帯でも5分に一本くらい走っていた電車の車両は新しくて日本よりも快適なくらいで、高層ビルが増えたクアラルンプールの中心地は東京より都会にさえ思えた。

 

一方で昔からの建物の残った落ち着いた風景や中華街のカオスさ、僕が8年前に来てあこがれた、かしこまらないで店にいる友達と喋ったりしながら仕事をするレジの店員や、朝の通勤時間に、道で偶然出会った知人とひとこと交わすだけで笑いあっているユーモアなんかは変わっていなかった。マレーシア人は話すのが好きなのか、たまたまその友人がそうだったのかわからないけれど、Grabで捕まえたタクシーの助手席に乗るや否や、彼は運転手に話しかけ、マレーシア語で、僕にはわからない雑談をしていた。

 

僕は使ったことがないのだけど、Grabにはお客さんが乗車したタクシーの運転手を評価する仕組みがある。「5段階で5以外の評価をつけると運転手はクビになってしまうから、乗ったら必ず5をつけないといけない」と彼は言っていた。

 

大学の図書館や独立記念広場のDataran Merdekaなどを案内してもらった日の夜の2回目のご飯でチキンライスを食べていたときに、その友人から、マハティールが再び首相になって、かつてやっていたルックイースト政策をもう一度やろうとしていること、ただし、日本の悪いところを認め、その部分は無視して、よい部分だけを真似しようとしているという、冒頭の話を聞いた。

 

 

人口の約7割を占めるマレー系や、中華系やインド系マレーシア人に加え、さまざまな出身、宗教の人が混在するマレーシア(約3200万人の人口のなかに日本人も2万人以上いる)では、外国語を学ぶ人が多いという話も聞く。マレーシア出身の別の友人も、すでに5ヶ国語を理解できるのに、最近さらにスペイン語を学び始めた。

 

国民の多くがさまざまな国の文化やシステムを知り、それらのよいところを真似していけば、この国は今後さらに急速に成長するに違いないと思った。

 

「今またルックイースト政策で日本から学ぼうとしている」と聞いて自惚れるんじゃなくて、そうした学びの姿勢を持つこの国から、もっともっと日本は学ばないといけないのかもしれない。

 

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Dataran Merdeka(ムルデカ・スクエア)。1957年、イギリスの植民地支配から独立したマラヤ連邦が独立したときにユニオンジャックに代わり、マラヤ連邦国旗が掲げられた広場。

 

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チキンライス。スープをごはんにかけながらいただく。



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ちなみにアルフォートがマレーシアでは人気らしいので、日本のお土産におすすめです。マレーシアは暑いのでチョコが溶けるかもだけど、寛容なマレーシア人なら気にせず喜んでくれるはず。

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30℃を超える暑さのなか3時間以上歩いてたらどろどろに溶けたアルフォート