書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

家族が精神科に入院するときに僕がしていること。

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インフルエンザのときとか、気持ちがしんどいときに文章を書くことが多い。

思えば学校がしんどかった中学2年生のときも毎日のように日記をつけていたし、このブログを始めたのも、祖母が認知症のようになって被害妄想や暴言が増えて精神科に入院し、僕自身も進路に悩むようになった頃だった。

 

 

こうやってつらいことを文章に残すのは、それだけで少し落ち着いたりすっきりしたりできるし、あとで読み返して、「前にもこういうことあったな」とか「前しんどかったときはこんな風に対応してたんやな」とかわかって気が楽になったり、対処の仕方を思い出せたりする意味でも有意義だ。

 

なので僕はいま、またちょっと大変な状況にあるのだけど、こうして朝からブログを書いている。

 

警察署から父親に電話がかかってきて、自分も父から呼び出されて警察署にかけつける、ということをこれまでの人生で何度繰り返したかもう覚えていない。

我が家は平均的な日本の家庭の10倍くらいは、警察と精神科のお世話になっていると思う。

 

だいたいいつも「お宅の○○さん、これこれこういうことがありましてね。」と警察の人に説明されてから、精神科医の診断で措置入院が決まって、精神科にいくことになる。父と僕は入院に必要な衣類などを本人の部屋にとりに行って病院に預けるのだ。

 

警察署の人に病気の説明をされるのも、役所の保険課の人に「大変でしたね」と声をかけられるのも、もう慣れたのでほとんど無感情でやりすごす。

 

けれど意外と、この当たり前のルーティンが心を落ち着けてくれているのかもしれない。もう何度目か覚えられないくらいにこういうことを経験していても、最初に父親の連絡を受けると心がざわつくのだ。

 

部屋は大変な散らかり方をしているかもしれないし、会ったときに病状の悪化しているのを見て、僕自身が、子どもの頃にそれを見たときのような不安な気持ちになるかもしれない。重大な他害行動をしていたのを警察署にいってから聞かされる可能性だって否めない。

 

とは言っても沈んでいても仕方がないので、心を落ち着けるために意識的、無意識的にしていることをまとめる。

いまは親父がいてくれるからまだ気持も楽なのだけど、20年、30年後はどうかわからない。

そんなときに、20代の頃の自分はこんな風に気持ちを落ち着けていたのかと思い出せたらいい。(その頃までこのブログは残っているかわかんないな・・・。笑)

 

 

とりあえず何か食べてからいく

空腹だといらいらしやすいし、落ち着かない。

親から連絡があってもひと呼吸おいて、とりあえず何か食べてからいく。

こういうときは、自分を甘やかしたらいい。

できるだけおいしいものがいい。

おいしいもので満腹になると、「やってやるか」と前向きにこの状況を乗り越えようという気分になれる。

 

少しでも気分をあげてから警察署に向かう。

 

 

星野源の曲を聴きながら向かう

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一度ライブにいったことはあるとは言え、ぼくはそんなに星野源ファンではないのだけど、大変な状況のときはよく星野源の曲を聴く。

特に「地獄でなぜ悪い」は現実逃避をしてるような気分も味わえつつ、これから立ち向かわないといけないしんどい状況に対して「かかってこいや!」と思えるし、なんならちょっとポップなノリで楽しんでやろうかという気持ちにもなれてよい。

 

「夢の外へ」などもおすすめ。

 

音楽を聴きながら警察署や病院へ向かう。

 

 

読みかけの漫画があればもっていく

とりあえず家族が精神科に入院しないといけない状況であれこれ考えても仕方ないので、淡々と行動していくのがいいと思っている。入院後のことはこれからゆっくり考えていけばいいし、弟の自分が考えてもどうしようもないこともある。

 

ならばあまり深刻にならずに気分を上げておく。

そうでもしないと荒れた部屋の片付けなどはそれなりにしんどい気持ちになってしまう。当事者じゃない人間が嘆いてもあまり意味がない。嘆くよりもできるだけ温かい気持ちで本人と関わったほうがいい。

 

少しでも気を紛らわせてポジティブになるために好きな漫画や本を持っていって移動時間に電車のなかなどで読む。現実逃避だけど、移動中の電車のなかで現実と向き合ってしんどい気持ちになっても仕方がないから。

 

 

荷物運び、部屋の片付けなどは”いい運動”だと思う

仕事とかもなんでもそうだけど、やらなきゃいけないことは、できればその行為のポジティブな面に目を向けるようにしている。

荷物を病院に届けるのは筋トレ、原付を警察署から家まで3時間押して運ぶのも、きっといいトレーニングだ。

 

 

心の中で悲劇の主人公を気取る。

 

ここまで言ってきたのと逆のようなのだけど、「大変な状況でがんばってる自分」を「すごいなあ」「がんばってるなあ」とほめてあげる。自己憐憫もたまには大事だと思う。そしてできれば、家族のことを知ってくれている身近な人に、いまの状況を伝えてみる。

 

その日の夜電話する予定だった友人に「ごめんちょっと今から警察にいかなあかんくなってん、また今度話そう」とか、そういう感じである。

誰かに知っておいてもらえるだけでなんとなく気分が楽になることもある。

それでもしんどかったらあとで話を聞いてもらう。

 

 

こうやってブログに書くのも、人に知ってもらうことで楽になろうと思っているのもあると思う。昔誰かが「不幸なことは多くの人に伝えて、幸せなことは独り占めするのがいい」とかいうことを言ってたなあ。

 

 

そろそろ出発しよう。

雨の中3時間原付を押して運ぶトレーニングが待っているので。

へへへ。