書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

読書感想文「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(ちょっとネタバレ)

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2019年の本屋大賞になった本で、テレビでも紹介されているくらいだからずいぶん多くの人が知っているだろうし、それこそこうやってブログに感想を書いた人もたくさんいるはず。

 

けれど(これまですでに多くの日本人に読まれていたとしても)この本はもっとたくさんの人に読まれた方がいいと思って、宿直の日の朝からこうしてカタカタしている。

 

もうすでにいろんな人が紹介しているので改めて書くまでもないことだと思うのだけど、この本はイギリス在住の著者、ブレディみかこさんの中学生の息子が”元底辺中学校”や地域で体験する貧困や人種の違いなどをめぐる様々なトラブル、あるいは息子と一緒にしたボランティア活動の経験、元底辺中学校の先生らと著者との会話などから構成されているノンフィクションだ。

 

SNS上での批判とか、誹謗中傷の話が話題になるいま、この本の著者の中学生の息子の体験から、大人も子どもも関係なく一緒に学ぶことには、大きな意味がありそうだなと感じた。一生勉強し続けないといけないなと、改めて思わされる本でもあった。

 

「あの先生はちょっと違ってた。どの差別がいけない、っていう前に、人を傷つけることはどんなことでもよくないっていつも言っていた。だから2人を平等に叱ったんだと思う。」

 (70ページより引用)

 

 

本文の感想を2つだけ。

 

1,ひどい状況でも前向きに解決していこうと思える。

いま大人になっている日本人には、「子どものころ学校でいじめがあった」という人は結構多いと思うのだけど、おそらく「学校で人種差別や貧困などのいろんな問題が起きているなかで自分たちで解決した経験がある」って人は少ないんじゃないかと思う。僕も中学校でいじめは見てきたし経験もしたけれど、それを主体的に解決した経験はない。

 

イギリスの元底辺中学校で、様々なトラブルが起きながらも前向きに生きている著者の息子や周りの人たち、あるいはボランティアで支えあう人たちを見ていると、解決策としての学びになるだけでなく、勇気をもらえるというか、日本がこれからもっとひどい状況になっても草の根で自分たちで力を合わせて、なんとかしていくことはできるんじゃないか、という気分にさせてくれる。

学習性無力感を、中学生の経験を追体験することで自信に変えてくれるような本だった。(そしてイギリスの現状が知れるのでワクワクする。)

 

2,自分より強い立場の人たちにもエンパシーを持つ

5章のなかで紹介されているエンパシーという言葉は、「自分がその人の立場だったらどうだろうと想像することによって誰かの感情や経験を分かち合う能力」とケンブリッジ英英辞典で定義されているらしい。(p75)

この言葉を、「同情や哀れみ、あるいは似た考えの人への同意など」を意味するシンパシーと比較して、「自分とは違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうだとは思えない立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力のことだ」とブレディみかこさんは言っている。自分より恵まれた立場にいる人や、違う考えの人の気持ちを想像するのはエネルギーがいるけれど、それができる能力をエンパシーというらしい。

 

これってしんどいけど大事なことだよなと思う。どんな立場の人でも苦しみは何かしらあるだろうし、「自分のことをわかってほしい」だけでは何事も解決しないだろうから。当たり前といえば当たり前だけど、改めて意識したいことだった。

 

 

 

 

僕はこの本を本屋でみかけて気になっていたけれど、なぜか多くの人に読まれている本は敬遠してしまうところがあって読んでいなかった。けれど職場のパートさんがこの本を読んでいると聞いて、読み終わってから貸してもらって読んでいる。

まだ実は半分くらいしか読んでないのだけど、ほんとに読んでよかったと思う本だった。読み終わったら、パートさんと感想をシェアし合おう。

 

皆さんも、ぜひ。

これからたぶん経済的に苦しくなっていく日本社会で生き抜くための、精神的なワクチンになりそうな本です。笑