書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

最近読んでいるもの、聴いているもの、指しているもの。

最近はまっているものを書き残してみる。

作品に関しては全部内容に踏み込んでます。

 

「なんとなくな日々」

川上弘美さんのエッセー。高校の教科書に載っていて好きになって、大学時代にも読んだことがあったのだけれど、最近、家の近くの「本と珈琲の店」で見つけて再読していたら、ゆっくり読みたくなって店を出るときに店長さんに貸してもらった。何度読んでも「いいなあ」と思えるエッセーで、川上さんは、自分のだめさ加減とか、人との何気ないやり取りとか、家で一人でいる時間に見聞きした小さなことから感じたことなどを表現するのが本当に上手だなと、改めて感動した。

前にも読んで好きだったのだけど「行きつけの店、というのを持たない質だった」から始まる文章が今回なんだかすごく響いた。行きつけの店、自分もほしいなあ。店長に顔を覚えてほしいなあ。兄は中学生の頃から塾帰りに駅前のうどん屋さんにしょっちゅう通ってて「付け払い」とかしていたのだけど、弟の自分はそういうのが全然なくて、今でもできない。通ってるのは駅前の松屋ばっかりだ。でも潰れてほしくないし、これからは個人経営の店にももっと行こう。

別の文章では「だんご三兄弟」が登場していて懐かしかった。もう遠い昔のような、意外と最近のような。

 

「場所はいつも旅先だった」

松浦弥太郎さんの自伝的エッセー集。映画にもなったらしい。

若いころにアメリカでジーンズを安く買って日本で売る小商い的なことをして稼いでいたり、インターネットも普及していない時代にアメリカと日本を行ったりきたりして暮らしていた話がなんというか刺激的でおもしろいのだけど、一番すごいなと思ったのは、お母さんについての話。両親共働きで、小さいころから精神的に自立していたという弥太郎さんは、若い頃ニューヨークで冬をひとりで過ごしていたとき風邪をひいてしまった。そのタイミングで偶然ホテルに電話をかけてきた母親にそのことを話すと、一週間後に「友人に会いに来たついで」と言って母が日本からはるばる食料を持って会いにきたというのだ。なんだか読んでいてすごく心が温まる話だった。それまで海外旅行をしたこともなかったというお母さん、やることがかっこよすぎる。

 

 

夏になって紫外線が強くなってきたからか、最近目が疲れている。そんなときは部屋の照明もしんどく感じるから、夜に本を読みたいときには、暖色系の照明のキッチンに座って読んでいる。キッチンの床にクッションを持ってきて地べたに座って、椅子に飲み物を置いたりして読むのが心地いい。

 

「チャポンと行こう!」

 北欧暮らしの道具店が月に2回配信しているインタネットラジオ。リスナー(ちゃぽらー)からのお便りはほとんど女性なので男性で聴いてる人って少ないのかなとも思うけれど、2週間ほど前、堺から羽曳野まで原付を押して運ばないといけなかったときにずっと聴いていてはまってから今でもよく聴いている。昨日聞いた、「大人になってから友達作るの難しい」話、良かったなあ。

男女、で区別するのはよくないかもしれないけど、女性でも友達作るんの難しかったら、比較的社交的でない(とされている)男はもっと難しいよなと思う。奈良で暮らしていると、松屋でご飯食べてるときとか、電車とか、踏み切り待ちのときとか、生活圏内に世代の近い人をたくさん見かけて、この人たちと知り合いだったらおもしろいだろうなと想像するのだけど、実際は話すきっかけもない。

どこかにいけば気軽に知り合いができる場所あるのかなあ。社会人サークルとか、趣味の集まりとかもいいんだけど、もっと気軽に適当になんとなくすごしてなんとなく話しかけあえるような場所があればいいのになあと思う。

この会の放送の中で店長の佐藤さんとよしべさんが、「自分が友達と思う人ってどんな人?」って話をしていたけれど、ぼくのなかでは気軽に「ボードゲームしよう」って誘える人は友達かもしれない。登山でもスポーツでもいいんだけどね。その人とまだやったことのないことに気軽に誘える関係性。身近に増やしていきたいなあ。

 

 

将棋

大学の頃の自分は、家の近くに自分と同じように下宿していて気軽に遊びに行ける友人が何人かいたし、学部棟に行けば話し相手になってくれる人がいて、人に恵まれていたのかもしれない。その反動か、今は職場以外で近所に気軽に誘える友人がいないことを、時々寂しく思う。

大学の頃、高校からの友人が、大通りを挟んだ家の近所に住んでいて、時々遊びにいった。そのうち友人の彼女とも仲良くなって、3人でたこパ(お好み焼きと焼きそばも一緒に作った)とかトランプとかいろんなことをして遊んでていたのだけど、友人に彼女ができる前は、その友人の家でよく将棋を指していた。友人は強くてなかなか勝てなかった。その友人も、今では就職して青森で暮らしているから、気軽に遊びには行けない。

先日、僕の彼女が遊びにきたときになんとなく将棋をしたくなって買って指して、こうして将棋ができる相手ってありがたいなと思った。ボードゲームも好きだけど、将棋は1対1で静かに相手に向き合っている。もちろん頭の中は忙しいし白熱しているんだけど、他のことは忘れてじっくりコミュニケーションをとれる感じがいい。

 

コロナが落ち着いて、でもたくさんの人とは集まれないし、気持ち的にも、しばらく会ってなかった人と同時に集まってしまうと心が追いつかなくてしんどい気がする。でも、人と会えるようになったのに一人でいるのは寂しい。できれば1対1で、ゆっくり誰かと過ごしたい。そんなときに、将棋は結構いいかもしれないと思う。昔、子どもの頃の自分に教えてくれて、仕事から帰ったあとでよく相手してくれていた父親には、感謝しないといけない。