書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

優しい文章を書けたら。(2日目)

電車のなかで書いている。

近鉄とJR で奈良から神奈川に向かっているのだけど、名古屋へ向かう特急はアーバンライナーだった。
小さかった頃に、祖母と夕食のおかずを買いに駅前のスーパーに行ったあとで、アーバンライナーが見たくて線路の外で通るのを待っていた。少し歳をとってからは電車への興味は失ってしまったけど、大人になってから時々この車両に乗ると、好きだった当時のことを思い出して少し嬉しくなる。

久しぶりに電車に乗って遠くに向かっていて、身を委ねて、本を読んだり、うとうとしたり、外の景色を眺めたりできる電車の旅がやっぱり好きだなと思う。

6月15日晴れ


途中、coten radioを聞いていた。僕がpodcastをよく聞くようになったきっかけでもある歴史系のラジオで、最近はサリヴァン先生とヘレン・ケラーの話をしている。今日のはすごく良かったな。

一応、このシリーズの初回のを載せておきます。スマホだとリンクがうまく貼れない。家に帰ったら編集しよう。

#107 ヘレン・ケラーとアン・サリヴァン ― 愛とキセキの物語【COTEN RADIO】 by 歴史を面白く学ぶコテンラジオ (COTEN RADIO) • A podcast on Anchor




昨日は身近な人たちの死を、1日のうちに3回も意識することがあった。実際に起きたわけではないし、勝手に不安になっただけなのだけど、朝から夜まで心が忙しい日だった。


夜、眠れずに部屋にキャンドルを灯して眺めながら、生とか死というのが、なんだかんだ言って自分にとって一番大きな問題なんだろうなあなんてことを思う。

去年ナイトウォークをした高野山にまた行きたくなり、そのとき一緒にいった友人に連絡をした。今年もまた行くことができそう。

宿坊で泊まった朝は本当に気分が良くて、できれば毎年でも高野山に行きたいくらい。
近くで座禅もしたいな。奈良ならできるところがたくさんあるはず。探してみよう。


逃げ込める文章


孤独だった日々に、古本屋が救いだった。
というようなことを知人がSNSに書いていた。

自分は古本屋にはあまりいかなかったけど、本や書物はよく読んでいた。

図書館は家が荒れていたときの避難場所だったし、学校の勉強も、騒がしい環境にある心を安全な場所に移す手段だったように思う。

そうやって書かれたものを読むなかで、結果的にいろんなことを学び、理解するのと同時に、わからないことや知らないことが無限にあることを知った。


僕はこれまで、書かれたものに逃げながら、そこから学んできたし、これからも同じように逃げながら学んでいくのだと思う。

イギリスの雑誌に、宮崎駿監督の、空想的な世界を描くジブリ映画の紹介がされているのを読んで、自分にとっての逃避場所は書物だったなと思っていた。誰かによって書かれたものを読むだけで少し安心できる。


誰かにとっての優しい存在にはなれなくても、いつか優しい文章が書けるようになれたらいいなあと思いながら、車窓の景色を眺めている。