書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

旅をしたり、環境を変えたりするなかで「なんとなく惹かれるもの」に気づいてきた(5日目)

好きなpodcastを紹介し始めて5回目。

今日は株式会社クラシコムの「北欧、暮らしの道具店」のお二人が月に2回やっているpodcast、「チャポンと行こう!」の話。僕の周りの女友達は何人か知っていたから、結構有名なのかもしれない。日々の暮らしについて、リスナーからのおたよりを元に2人がトークを繰り広げる、ゆるくてほっこりして自分も日々の生活を楽しもうと思えるようなラジオです。

 

hokuohkurashi.com

 

 

おととい配信された第60回の話のなかで、「好きなもの」や「何かを好きになった瞬間」について2人が話していて、昨夜、仕事終わりにこれを聞きながら自分はどうだろうと考えていた。

ちなみに僕が好きなものでぱっと思いついたのは、料理とか、図書館とか、本とか銭湯とか、旅。登山とか海とかボードゲームとかコーヒーも好きだけど、コーヒーはもはや日常に溶けすぎて好きって認識すら薄れていた。

 

このトークのなかでよしべさんは、「(好きな)ゲームのことを、うまくいかなくて悔しいとか、クリアした満足感とか、そういった浮き沈みが好き」というようなことを言っていて、僕も料理を好きなのって、おいしいのができたりできなかったり、適当にやってると単調でつまらなくなったりするから、調味料を新しく買ってみたり新しい食材を試してみたりして、新しい味にしようと工夫してみるプロセスの部分だなあと共感した。僕は皿洗いも好きで、すごくどうでもいいけどそのことについてもいつかどこかに書きたい。

 

あとは、料理も人に食べてもらえたり一緒に作れたりしたら楽しいけど、ボードゲームとか旅は誰かとその時間を共有する楽しさも含めて好きなんだろうな。最初はビールを好きになった理由に、飲み会という楽しい場でいつも飲んでいたから、とか、そういう理由をあげる人がいるけど、それに近いのかもしれない。集まる口実にできる物。

 

 

 

ふらふらしてるときに惹かれるものに出会える。

 

そして、そんな何かを好きになった瞬間は、「好き」っていう認識もなくて、なんとなく楽しいなあとか、いいなあと、無意識に惹かれていたような気がする。

 

僕は図書館に小学生のころから時々通っていたのだけど、当時は日常の一部でしかなくて、「好き」とかは思っていなかった。好きかもしれないと思い始めたのは、高知を旅行していたときに、なんとなく休憩がてら高知県立図書館に入って、地元の新聞を読んでその土地のことを少し知ってわくわくしたときだ。

それから、石垣島にいたときに大雨が降ってきて雨宿りをしようと向かった図書館の沖縄らしい赤レンガの建築がいいなあと思って、それから旅をすればその土地の図書館を訪れることが多くなり、引越し先も図書館の近くを選ぶまでになっていた。

 

 

旅行中って、基本的にふらふらしている。

おもしろそうっていう直感に従って行動することばっかりで、あまり計画も立てず、そのときの気分に従って行動する。何度か旅行していて「海を見たい」と思うことが多ければ自分は海に惹かれるんだな、海が好きなんだなって気づくようになるし、美術館に行くことが多ければ絵が好きなんだと思う。

 

自然豊かな環境に惹かれるようになったのはデンマークの田舎に留学していたときだったし、木工の楽しさに気づいたのも留学中だった。

 

旅や留学ができるってめちゃくちゃ贅沢なことだけど、休日に日帰りで初めての場所に行ってみたりするだけでも、何に自分が惹かれるか気づける。

 

子どもがいろんなことをやってみるなかで何が好きか気づくように、大人も体を新しいどこかに運んでみて、半ば強制的に、自分自身をちょっと自由な気分にしてみることで気づくことがある。時々はあえてふらふらしてみるのが、案外大事かもしれない。