書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

マッチ。

 

マッチを使うのが好きだ。

さいころは、怖かった記憶がある。家族でお墓参りに行って線香に火をつけるときは、毎回他の人にやってもらっていた。中学の理科の実験でアルコールランプに火をつけるために使わないといけない場面が出てきて、怖がってると格好悪いからと、家でこっそり練習した。

 

今ではお手の物だ。火が持ち手のところまで燃え移ってくるのを怖がることなく、冷静にキャンドルや蚊取り線香なんかにも火をつけることができる。

 

ライターとかチャッカマンとか色々あるけれど、あえて僕がマッチを使うのは、家にたくさんあるからだ。

去年死んだばあちゃんが、飲食店のレジにマッチが置いてあるのをよくもらってきてコレクションのように集めていた。別にマッチ集めが趣味なんて話を聞いたことがなかったから、ティッシュなんかと同じように、「もらえるものはもらっておこう」という大阪人の?精神からきたものだと思う。僕のおばあちゃんはホテルのボールペンやバスタオルもよく持ち帰っていたのだ。(ばあちゃんのいとこに至っては、昔ホテルのテレビを持って帰ったという笑い話も聞いたことがある。)

 

そんなこんなで、ばあちゃんの部屋を整理していたときにケースに100個くらい入っているのを見つけたのでもらって、一人暮らしの部屋に持ち帰ってきた。

 

なんであれ、使えるものを捨てるのはもったいないと思う性格は、ばあちゃん譲りかもしれない。

 

たぶん僕はプラスチックより木のものが好きで、新しいものより、古いもののほうが落ち着くのだろう。あと7年で、イギリスで初めてマッチが生まれてから200年になるらしい。日本で使われてからはその半分くらいしかたっていないみたいだけれど、生産量はすでにかなり下がってきているらしい。

 

当たり前のようにマッチを使うことができるのはいつまでだろう。レコードや薪ストーブのような珍しい存在になる日も、もうそう遠くないのかもしれない。その日が来るまで、一本一本丁寧に、消費していきたい。

 

 

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