書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

フライパンの思い出。

 

東京に住む友人が誕生日祝いにフライパンを送ってくれた。

 

こないだあつかましくも電話で誕生日の話題を出したら、プレゼントに何がいいか聞いてくれたのだった。

コーヒー好きの友人は、コーヒーミルでもどうかと言ってくれたのだけど、おととしの誕生日に兄に贈ってもらって壊してしまったコーヒーミルを、友人にまたお願いする気にはなれず、別のものを考えていて思いついたのがフライパンだった。

 

 

たしかあれは大学4回生のころだから、もう4年ほど前になるだろうか。

 

休日に同じ学部の友人たちと、宝ヶ池でフットサルをしたあとだったか、高野の障害者スポーツセンターでバスケでもしたあとだったか、もう思い出せない。

 

たしか季節は秋で、高野川でバーベキューをしようと言って、皆でスーパーで魚や肉や野菜を買って、石を並べて、その辺の木を拾ってきて火をつけた。

グリルがなかったから、近所に住んでいた僕が家からフライパンを持ってきて焼いていたら、フライパンが丸焦げになって使い物じゃなくなってしまった。

 

終ったあとで、ちょっと早めの誕生日プレゼントだと言って、そのときに一緒にいた仲の良い友人が新しいフライパンをプレゼントしてくれたのだ。

 

当時の僕は、高野川のすぐ近くの安アパートで暮らしていて、そこは一口コンロだったから、今ほど頻繁に料理をすることはなかった。それでもフライパンがないとレトルトパスタを茹でるのも難しいから、ありがたく使わせてもらっていた。

 

 

 

彼は12月が誕生日で、学部の同期のなかでも年長の彼の誕生日になると、皆でよく集まっていた。それは誰かの一人暮らしの家だったり、学部の男子が4人で暮らすシェアハウスだったりした。彼がインフルエンザになったか何かの理由で、本人がいないところで誕生日祝いをしたこともある。誕生日祝いと称して朝方までお酒を飲みながら本人抜きで遊んでいた。年長の彼は、当時25歳の誕生日を迎えていて、それはその頃まだ20歳やそこらの僕らにとってはネタになるほど大人な歳だったというのに、いつの間にかみんなもう、その年齢をとっくに過ぎている。

 

当時は人狼ゲームとか、手持ちのカードのフレーズを組み合わせて誰が一番おもしろい文章を作れるか競う、よくわからないゲームが流行っていた。僕が最高におもしろいと思って出した文章は、あまりうけなかった。

 

みんな、集まるきっかけが欲しかったのだ。

 

12月の彼の誕生日のころには、京都の街はすっかり冷え込んでいて、一人暮らしの学生たちは皆、集まって鍋でも囲みたくなるんだろう。彼の誕生日は良い口実になっていたのかもしれない。

きっと皆一番お金のなかった一回生の頃には、家にあったミカンひとつを誕生日プレゼントに持ってきたやつがいた。誕生日プレゼントを順に渡すときに定番のプレゼントのようにさらっとみかんを渡していたのは滑稽で、思い出すと今でもじわじわ来てしまう。

その日もやっぱり鍋を囲んでいた。

 

 

卒業、就職をして引っ越してきて、今も住んでいる奈良の家は二口コンロで、学生の頃以上に頻繁に料理をするようになった。炒め物やカレー、ステーキや一人鍋にもこれを使った。朝食作りでおいしいトーストを焼くことにはまっていたときには、あえてフライパンで焼いていたこともある。毎日のように使っていたら、さすがにテフロン加工もはがれてきて、そろそろ買い替え時だと思っていた。

 

 

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4年前から使っているフライパン。足の指が入ってしまった。



 

 

 

 

そのことを思い出して、4年前にフライパンをくれた彼に、またフライパンをプレゼントしてもらうことにした。引越し先が三口コンロだと話すと、他の鍋とぶつからない形のフライパンを贈ってくれた。

 

よく使うものをプレゼントしてもらうと、使うたびに小さなありがたみを感じてちょっと幸せな気分になる。そしてできるだけ丁寧に長く使おうと思える。

 

 

彼は料理がうまくて、学生時代も、社会人になってから東京の彼の家に遊びにいったときも、おいしい料理をよく作ってくれた。

 

自分もこれからこのフライパンで、負けないくらいうまい料理を作ってやろう。

そして数年後寿命が来たときには、4代目のフライパンを彼に贈ってもらおう。