考え事と生活の記録

とりとめのない日々の記録です。

nikka-nikki 11 寂しさと煩わしさ

日課日記11

 

昨夜は久しぶりに、唐突に寂しさが来た。

宿直明けの昨日と、今日は特に人と会う予定もなく、一人暮らしなのでたぶん誰とも話さない2日間になる。

 

かといって、こんなときに誰かに電話をしようと誘うと、その時間になると面倒な気分になってしまっていることもあり、もっといえば、こういう時に誰かと会っていたとしたら、一人になりたいと思ってしまうんだと思う。本当にわがままだ。

 

シンプルに体や気持ちが疲れているだけだ。疲れているだけなのに、ネガティブな気分になって、それに引きずられてしまうのは、心の修行が足りてないなと思う。久しぶりに温かいお風呂につかって体を少し癒してから、仏教の本を読んで少し気持ちを整えて、早めに休んだ。

 

朝5時台に目が覚めると少し気分がよくなっていて、せっかく早起きしたからと散歩にいく。家の近所に、まだ歩いたことのない道があって、南側は田んぼしかなくて、電線すらなく、とても見晴らしがよかった。平城宮跡までいかなくても、ここでも夕陽が綺麗に見えそう。

 

素振り

朝から右手首が少しおかしくて、曲げると変な音がなるので、今日はお休み。バッティングセンターもやめておこう。代わりに久しぶりに夜ランニングでもしようかな。銭湯までジョギングで行くのもありかもしれない。

 

読書

朝から、この前図書館で借りていた「逆読み世界史」(SB新書)という本を少し読む。フランスで極右政党が台頭した理由など、なぜ?という問いかけから歴史をさかのぼる形で世界のいろんな地域の歴史を教えてくれる。

 

世界史とか、現代の各国の状況とか、そういったことを知るのがおもしろいのは、自分の今の状況を浮かび上がらせてくれるからかもしれない。

 

相対的に、2021年の日本という、自分が今いる環境のことを教えてくれる。マジョリティにとってはきっと平和だけど、多様性が語られるなかでも少数派の排斥が起きたりしていて、閉塞感や不寛容さも感じられる。一方で、欲望の時代ともいわれ、自由な消費活動が肯定され、格安で楽しめるコンテンツも増えている。それによって損得勘定をたくさんしてしまったり、「消費者」の態度で日常生活を送る人も多くなっている気がする。社会に対しての責任とか奉仕よりも、受け身な立場で、自分が満たされることを望む態度、というか。

 

 

なんか、めっちゃ話がそれてしまっているけど、他者の苦しみに共感し、他者を幸せにすることで自分自身も楽しいと思える人たちが、一番幸せそうというか、少なくとも不快な感情を抱きにくい人生を送っているように感じる。福祉の現場でいろんなスタッフを見ていて思う。

 

仏教でいうところの、四無量心だ。

 

他人を慈しむ心

他人の苦しみに同情する心

他人の幸福を喜ぶ心

他人を差別しない心

 

 

前にも書いたけど、仏教は自分で実践して検証してみて、そこから知恵を得て信じるべき宗教だそうで、福祉の現場や、NPOでいろんな人を見ていて、確かにそうだなと思うから、信じられる。

 

仏教徒だって国や時代によっては戦争をするわけで、盲目的に仏教を信仰するつもりはさらさらないけれど、ブッダの教えは、知っておいた方が良いと感じる。

そもそも日本人の価値観がそこから影響受けてるのもあり、小さいころ育て親や先生たちに言われた人生訓的な言葉に通じる部分もあって、そういうものに立ち返る意味でも、大人になって、離別という人生の転機があったタイミングで学びなおせてよかった。

 

 

洗濯

 

いま重曹でつけ置きをしている。このあと洗濯洗剤ですすぐ予定。100円ショップで買った重曹が切れた。8月頭から使い始めたから、ちょうど1か月持ったな。

 

セスキ炭酸ソーダがたくさんあるので、次からはしばらくそれを使おう。

 

 

 

いま、大阪精神医療人権センターのシンポジウムの文字起こしのボランティアをしていて、その息抜きにブログを書いている。

ここに携わる人たちの人生の歴史にはすごいものが多い。

 

本業でも、40年以上続く法人で働いているけれど、歴史には勝てないな、と最近思う。

 

どれだけ自分が正しいと思うことを主張したところで、若造の意見でしかなくて、何十年も、強い思いを持ちながら活動してきた人の深さにはかなわない。

かといって、主張しなくていいとは思わないけれど。

どこまでも、学ばせてもらう姿勢でいよう。

 

↓文字起こしするときに参考にしていた記事

www.jinken.ne.jp