考え事と生活の記録

とりとめのない日々の記録です。

日課日記74 10年ほど前、高校生だった頃のこと

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

 

 

日課日記74

 

このお題企画、おもしろいなあ、やりたいなあと思いつつやっていなかった。

10年前、18歳。ギリギリ高校生だったのかな。

高3の1年は思い出してもしんどいことの方が多かったから、あえてその前後のことを書こうと思う。

 

大阪の羽曳野市近鉄南大阪線の古市駅前のマンションで、父親と二人暮らしをしていた。高1と高2、そして浪人をした年の、合わせて3年間。

高3の間は、大阪市内で暮らした。

 

昨日ずいぶん久しぶりに会った高校の同期の子が、同じ駅が最寄り駅だった。

高校時代にその子とはクラスが違って、話をしたことがあまりなかったのだけど、通学の電車が同じだからよく姿は見ていた。

雨の日の朝、その日もたぶん同じ電車に乗っていたんだろう。

駅を出て高校へ向かう途中、傘をささずに濡れながら高校に向かっていくその子の後ろ姿が、なぜか記憶に残っている。傘を忘れていたんだろうか。

 

僕はそのとき傘をさしていたから、もしそこで傘を貸してあげるとか、そういう紳士的なことをしたら、ちょっと恋愛漫画のワンシーンみたいだなと思いながらも、僕はそんなことはせず、ただ濡れながら歩くその子の10メートルくらい後ろを、歩いて学校に向かった。ただそれだけの記憶だ。

 

その何年かあと、同窓会の日に、僕がその子の忘れた財布を届けた話とか、同じ図書館の自習スペースを高校の時に使っていたということを、僕は全く覚えていなくて、そのことを昨日聞いて知った。

 

今でも記憶力は弱くて、ちょっと前のこともすぐ忘れてしまうし、気が回らないところも、10年たっても変わらない気がする。気が回らないのは、福祉の仕事をして、少しはマシになったのかもしれないけれど。

 

10年で変わったことと言えば、たぶんずいぶん、こんな自分にも満足できるようになったことだろう。

過去がどうであれ自分は幸せな方だと思えるし、今の生活にも満足できている。ささいなことに楽しさを感じることができるようになったし、自分の生活を自分で選んでいるし、自分のことだけじゃなくて、少しは周りの人たちのことを大切に思うようになれたんじゃないかと思う。

 

18歳の頃は、進路とか、いろんなことが不安で、自意識も今より強くて、自分のことばかり考えていたように思う。

とうの昔に死んだ母親に対する感情も処理できていなかったし、生きている家族との関係も難しかった。

 

38歳の自分はどうだろう。ちゃんと、大事だと思うことを、大事にし続けているだろうか。

 

 

 

●トレーニン

仕事終わり、バッティングセンターへ。

「いつも一人で来てくれはる真面目なお兄ちゃん。がんばってるなあ。ありがとうね」

と、いつも店にいる、店長のお母さんらしい、背の低いおばあちゃんが声をかけてくれる。

 

右1,5回、左0.5回。

ずいぶん、気持ちよく打てるようになってきた。

 

 

 

●読書

以前友達に借りて少しだけ読んでいた「生きるかなしみ」という本を読んでいる。

阪神淡路大震災地下鉄サリン事件の間のタイミングで出版された、「悲しみ」に関する短いエッセイをまとめた本。

 

かなしみをきちんと感じられる人が、何気ないことにありがたみを感じられるのかもしれない。

 

 

●洗濯

今日は休み。

 

 

3週間前に友人と遊びに行った吉野へ、今日また仕事で行った。

紅葉が綺麗だったので、今度写真をここにも載せよう。