暮らしながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

305 改装計画①

 

いろいろあって、3LDKの部屋での一人暮らしが始まった。

一人暮らしになったので、せっかくなので自分の理想の空間に部屋を作り替えていくことにした。自分の部屋は305号室じゃないんだけど、なんとなく実際の部屋番号とは変えて305とした。

 

昨日、知り合いがやっていた古民家ゲストハウスに泊まっていたのだけど、とても居心地が良い場所で、DIYで漆喰を塗ったり、カウンターを作ったり、いろいろ作っていったというからすごい。キッチンのアイテムもひとつひとつがこだわっていて、おしゃれさと、使い込まれた感のある心地よさが共存してる感じで良かった。

 

自分は元来、あんまり物にこだわらないというか、食や旅行以外にあまりお金をかけようと思えないタイプだったんだけど、いい加減もうアラサーだし趣味や生活にこだわっていってもいいんじゃないか、一人暮らしに戻った寂しさを埋める意味でも、何か今までしてこなかったことをするのもいいんじゃないかと思い、部屋を改装していくことにした。

 

そうはいっても、すぐに億劫になりそうだし、自分ひとりの暮らし、最低限で良くないかとすぐ思っちゃいそうなので、

自分自身をこの家の宿泊客とみなして、自分にとっての理想の、何度も泊まりに行きたくなる宿に、この部屋を変えていこうと思う。

 

自分は客で、宿をこれから作るので、これまで買いたいのに踏ん切りがつかなかった、大きめの観葉植物とか、電動のコーヒーミルとか、おしゃれなキッチン用品とかは、全部初期投資で、必要な経費と考える。

 

いったん赤字になっても、そのあと家にいる時間が長ければ(たくさん自分が家に泊まりに行けば)、外でお金を使う機会が減るわけだから元がとれる、という考え方で、これまで買えなかったものを、思い切って買ってみることにする。

 

その進捗状況を、これからこのブログにメモしていこう。

なんか、ちょっと調べてたらおもしろい記事が出てきたから、今日はそのリンクを貼っておしまい。

 

 

www.rehouse.co.jp

 

 

 

血液型が変わり、血液型に支配されていた過去を思う。

体調不良で仕事を早退して、家で眠ったり起きたりを繰り返しながら、そこそこ元気な時間には何もしないわけにも行かないので、人の文章を読んだりpodcastを聞いたり、こうして自分でも言葉を綴ったりしている。

 

 

昨日はじめて献血をした。

ずいぶん前から、コロナで献血をする人が減って輸血用の血液が足りてないことは知っていたけれど献血をしてこなかった。

行ったあとで思うとバカみたいな話なのだけど、子供の頃に、注射針の使いまわしによるB型肝炎ウイルスの感染のニュースを見たりしていて、注射に対するネガティブなイメージが頭にあって、できれば不要な注射は避けたいと思っていて献血にも手が出なかった。

 

最近、知り合いが献血車の待合にいたのをたまたま見て、身近な人がやっていることに安心感を覚えて、たまたま通りがかった駅前で献血の看板を出している人がいて、時間もあったので献血をすることにした。

 

 

A型じゃなくてO型だった

 

献血は僕にとって驚きの連続で、この経験はnoteにも書いたのだけど、血液型が変わった経験が結構衝撃だったので、それについて掘り下げて書きたい。

 

正確には、変わったわけではなく、違う血液型だと思い込んでいただけなのだけれど。

 

 

輸血の前に血液検査をされて、血液型を調べるための検査キットで、僕が申告した血液型と一致しているか調べてもらえた。間違った血液型のものがまざったりしたら大変だもんな。

 

僕はおそらく赤ちゃんのときの血液型検査でA型の結果が出て、それ以来ずっとA型として生きてきたのだけど、今回調べてもらったらO型らしかった。これ、自分が大けがとかして輸血される側だったら違う型の血液入れられて大変だっただろうから、今回献血してほんとによかったと思う。

 

 

血液型性格占い

20年から15年くらい前だろうか、僕が小学生から中学生くらいのときに、血液型性格診断とか、占いとかがやたらと流行って、テレビでも、A型は几帳面とか、O型はおおざっぱ、みたいなことが言われていた。A型とO型は相性がいい、みたいな話もよく出ていた。

 

今では血液型と性格は実は関係ない、って科学的には言われているけど、どこまで信じているかは別にして、「でもやっぱあの人Oっぽいところあるで」とか言って盛り上がったりする人はいると思う。B型は割とネガティブなイメージなので、B型の人をさりげなく傷つけているんじゃないかと思うけど、人を傷つけたりしなければこういう話で盛り上がるのは別に悪いとは思わない。

 

僕はいまは血液型性格診断なるものは信じていないのだけど、子どもの頃は結構メディアのいうことを鵜呑みにしていて、それによって「A型の自分らしさ」みたいなセルフイメージができていたと思う。中学の頃は、育て親の祖母の影響(祖母はA型だった。もはやこれも本当かわからないけど)もあってか几帳面な方だったし、父と兄と祖母と4人暮らしだった当時、O型の父と兄はおおざっぱ、祖母と自分は几帳面、みたいな構図で性格の違う家族を捉えていた時期があった。祖母もよくテレビを見る人だったから、「あんたはO型やからルーズやねん」みたいなことを平気で息子である父に行ったりしていて、ああ、そういうもんなのかと、幼心にインプットされていた。

 

ちなみに僕を生んで数か月で死んだ母はA型らしく、自分は母親と血液型が一緒だから、母に似た性格なのか、だからもしかしたら自分も神経質で繊細で鬱になりやすいのかもしれない、などと思っていたところがあった。そういう風に思うと、その正確に当てはまるエピソードばかり蓄積されて、血液型がどうであれ、「神経質な自分」という自己イメージが徐々にできていった。これがもし、自分がO型だと子どもの頃にわかっていたら、全然違う自己イメージになっていた気がするし、そのイメージが自分自身の行動に影響し、(たとえば「自分はおおらかな人間やから、ちょっときつく人に言われたことくらい、気にせんとこ」的な)人間関係での立ち振る舞いとか、その後の人生とかにも影響してたんじゃないかと思う。

 

調べてみたら、根拠のない予言によって行動が生じ、予言通りの結果になってしまうという現象は、「予言の自己成就」と呼ばれるらしい。

そして、以外だったのだけど、2004年にはすでにBPOが、「『血液型によって人間の性格が規定されるという見方を助長することのないよう要望する』との声明を発表」していたらしい。


ja.wikipedia.org

 

逆に言えば17年前以前はそういった言説が流行っていた時期で、92年生まれの僕は小学生で、情報の取捨選択なんてできるわけもなく(今の小学生は上手そうだけど)メディアの情報を鵜呑みにしてしまっていた。

もしかしたら、1985~95年生まれくらいの世代は、多感な児童~思春期くらいにこういった言説に多く触れて影響を受けている人も多いかもしれないと思う。

 

B型が特に、自己中心的などとひどい言われ方をしていたから気の毒だけど、何型であれ、レッテル張りによって自身の行動が影響を受ける経験をした人は、人種差別とかと共通項のある経験をしていることになるんだろうな。

 

人種差別も、同じように、外の人たちから作られた自分のひとつの側面に対するイメージに、多かれ少なかれ自分自身の行動が影響を受ける現象なんだと思う。

 

 

 

 

自分のイメージなんて、血液型が実は間違っていたということを知っただけで、こんなに簡単に変わってしまうのかと思うとなんだか馬鹿らしくなって、簡単に自分のことを決めつけたりしないで、もっとのびのびと生きたいように生きようと思う。

 

神経質でもずぶとくても、自己中心的でも思いやりがあっても、内向的でも外交的でも、変わっていても普通でも、どんな自分でも自分は自分なんだから。

 

 

 

 

今日の昼ごはんの話など。

朝8時半から10時半まで

今日は仕事は休みで、ルチャ・リブロという奈良の東吉野にある人文系私設図書館に遊びに行く予定だったのが、一緒に行く予定だった友人が体調不良で延期になり、空いた時間を買い物や精神保健福祉士のレポートに充てることにした。

 

涼しいうちにクロスバイクで買い物に行こうとショッピングモールまで走ったが、開店時間を勘違いしていて9時はまだ空いておらず、コーナンで別の買い物をしようと走っている途中でパンク、仕方なく押して自転車屋まで行き、自転車屋もまだ空いてなかったので自転車だけ置かせてもらって歩いてコーナンに行って買い物をし、自転車屋に戻り、パンク修理に出す。歩いて家に帰って、すでにめちゃくちゃ暑くて汗だくだったため、水のシャワーを浴びてからレポートに取り組む。

 

パンク修理のついでにハンドグリップを交換したからなのだけど、合計9000円の出費になってしまい、結構痛い。あれ、そんな高いのか。なんかおかしい気もする。電話で言われた料金、聞き間違いかな。

いずれにせよ、パンクはしない方がいいので、クロスバイクで段差を超えるのは避けよう。あと、月1程度の空気入れも忘れずにしないと。5月にもパンクしたから、さすがに頻度が高すぎる。

 

 

10時半から13時まで

普段の仕事は休憩時間がちゃんと決まってなくて、休めるときに好きなタイミングで休むスタイルなのだけど、レポートを書く日はちゃんと休もうと思って、しばらくレポートを書いた後、12時で区切って昼ごはんにする。ちなみにレポート課題は、精神科医療におけるチームアプローチについて教科書の内容をまとめるというもの。結構おもしろい。

 

 

今日作った昼ごはんが、なんだかとてもちょうどよく美味しかったので、特に意味はないのだけどブログに書こうと思う。

 

写真は撮っていません。

 

献立は、

・玄米ご飯

・小松菜とえのきと大根の和風スープ

・ポーク卵

・冷ややっこに濃い目に作った大根と人参としいたけの煮物をかけたもの

しじみの佃煮

・自家製きゅうりのQちゃん

 

(無駄に)ひとつひとつ解説していく。

・玄米ご飯

玄米1対白米2の割合で炊いたもの。5月くらいからこの割合でご飯を炊くようにしている。パートナーは家で米を食べないので、余ったものはタッパーに冷凍したりしている。タッパーに入れて冷凍しておくとそのまま弁当にも使えるし、弁当に冷凍のまま持っていくと保冷剤代わりになるので楽。おかずは別のタッパーに入れて、タッパー二つのお弁当がいつものパターン。

 

・小松菜とえのきと大根の和風スープ

パートナーの習慣にならって、あらかじめカットして冷凍しておいた野菜を使うから簡単にできる。和風だしの素と、醬油であっさりめの味付け。

 

・ポーク卵

沖縄の友人のお母さんが最近送ってくれた沖縄の食材に入っていたポーク(スパムを沖縄ではこう呼ぶ。)を油で焼いて、粉末の和風だしを少し溶かしたとき卵を入れて軽く混ぜるだけ。ポーク卵は沖縄の朝ごはんの定番なのかな。コンビニのおにぎりの具にもなっています。

 

・冷ややっこに濃い目に作った大根と人参としいたけの煮物をかけたもの

業務スーパーで小さなサイズ6個パックで80円くらいで売られている絹ごし豆腐に、口述するきゅうりのQちゃんを漬け終わった汁を使って作った煮物をかけたもの。Qちゃんの汁は酢や醤油、砂糖で味付けされているのだけど、この汁で人参、大根、干しシイタケなどを煮るとおいしい煮物ができて、豆腐にもよく合うのです。

 

しじみの佃煮

3月に島根旅行の時に買ってきた佃煮。賞味期限長いのだけどそろそろ食べようと思って食べている。

 

・自家製きゅうりのQちゃん

業務スーパーで1キロ100円くらいで売られてた激安の形や大きさがばらばらのキュウリたちを、酢、砂糖、しょうゆ、生姜などで煮て作った保存食。今回はカットしてから一度冷凍保存していたキュウリで作ったのだけど、よぼよぼになったキュウリも、汁を存分に吸いこんでくれるのでまた美味しい。

 

 

以上、特に意味はないけれど、今日の昼ご飯についてまとめてみた。

最近は読書熱が再燃しているので、次は読んでいる本の紹介でもしようかと思います。

 

 

 

外に開く

 

わけあって自己防衛的な軽躁状態になっていて、最近ブログを書くことが多くなっている。

 

大学で臨床心理学や精神医学を勉強してたおかげか、デンマークのフォルケホイスコーレで自己理解を進めたおかげか、ストレスフルな状況のときにメンタルケアをするのが多少は得意になった気がする。

 

自然を感じられる場所に身を置いたり、人と話したり、こうして気持ちを書いたり、興味のあることに没頭してみたり。

 

今日は職場の同僚がデンマークの福祉について教えてほしいと言ってきて、鴻池のスターバックスデンマークのペタゴーや社会福祉制度についていろいろと調べたあと、その同僚に話をしていた。

 

4年前の留学中の学びは一番関心がある分野以外は基本的に広く浅くだったから、今回話すためにデンマークの子供・教育省のホームページから現在のペタゴーについて調べ直すのはとてもおもしろかった。

デンマーク語のページも、英語翻訳と日本語翻訳を同時に開けば結構スムーズに情報が得られる。

保育や教育、障がい者福祉などにも携わる支援員の資格Pædagogは、日本でも注目されているのだけど、養成カリキュラムがおもしろくて、たとえば選択科目のなかにアウトドアライフなんていうのがあるのもいかにもデンマークらしいなと。

 

 

www.ug.dk

 

 

デンマークで田舎の学校で過ごしていたころ、空いた時間に雑木林を散歩したり海までサイクリングしたり、学校の庭で焚火したりする日々を送っていて、人工的でない、自然豊かな環境に身を置くことがどれだけ大事かを思い知って、登山をするようになった。

 

2年後、フィンランドの森を歩く経験をしてから奈良に帰ってきたあとで、奈良市にはフィンランドのような住宅地のすぐそばの森はないけど、平城宮跡はあるから時々そこに行くようにしようと思って、ぼけーっと遠くを見ながらお酒を飲んだり、ベンチでコーヒー飲みながら読書したりするようになった。

 

いまでも、この風景には癒され続けている。

今日は、夕方ごろのもわっとした中途半端な蒸し暑さと、時々吹いてくれる風が心地よくて、課題レポートを終えた後で訪れて、本を読みながら贅沢な時間を過ごしていた。

 

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京都で学生してるときは、鴨川が近くにありさえすれば将来庭付きの家なんていらないなあなんて思っていて、奈良にすんだら、平城宮跡があれば、天気が良い日はカフェに行く必要もないなあなんて思って。

 

自転車で帰る途中、車で混雑する大通りを自転車でストレスなく駆け抜けて、車そろそろ買おうかと思ってたけどやっぱいらないなあ、なんて思って。

自分を開いていけば、たくさん大事なものが入ってきてくれるような、そんな気がした。

 

 

 

なんか詩的なブログになってしまったな・・・。笑

 

また明日から、レポートに仕事に、精を出そう。

 

 

 

(たぶん)日本人の知らないマレーシアの名曲

消防署

今日は午後からの仕事でガイドヘルプ2件。

前半で生駒市の消防本部を訪れ、利用者さんが消防士にたくさん質問して答えてもらうところに便乗してなかなか聞けない消防士の話を聞かせてもらった。

 

消防車は車検、日野に出しているとか、めちゃくちゃマニアックな話まで聞けた。

対応してくれた2人の消防士さん、どちらもめっちゃイケメン(片方は40歳くらい、もう片方は20代半ばくらい)で親切でびっくりした。

 

生駒市消防本部の消防士さんたちが住民に防災意識を高めてもらうためにハカを踊っていたのも知らなかった。調べたらこの人たち大学の学祭でパプリカ踊ったりしてて、いろいろやってるなあとびっくり。笑

 

www.youtube.com

 

 

マレーシアの名曲

ふとマレーシアの雰囲気を感じたくなってネットフリックスでマレーシアの祭りのドキュメンタリー見たあとでスポティファイで音楽も検索したら、これは名曲、と思えるメロディーが出てきて日本人受けしそうなのでシェア。

歌詞も英語訳出てきたけどいい感じ。

 

歌えるようになっておこう。

 

 

www.youtube.com

縁と緑

・職場の法人がやっているカフェで、「まちくさ物語展」という少し変わった展示をしている。その展示の内容に合いそうだと思って、福祉ホームの本棚に置いていた「小さな風景からの学び」という本をカフェで働く先輩に飾ってもらったら、近所に住むおばさんが、この本をとても気にってくれて、毎週土曜日にこれを読むためにカフェを訪れてくれるようになったらしい。

 

好きな本を読みたくてカフェに行く経験、僕も何度かしたことがあって、僕の場合、本は実は、半分はカフェに行くための口実でもあったりするのだけど、好きな雰囲気のカフェでおもしろいと思える本を読めるのは二重の喜びで、そんな楽しい時間に貢献できたと思うととても嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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・今回一緒にカフェを訪れた方が、春日大社の縁結びの話をしていた。毎年家族で初もうでに行き、縁結びのアクセサリーを買うらしい。縁結びって、恋愛だけじゃなくて、仕事での出会いとか、大事に思える友人との出会いとか、いろんな縁があるっていう話。なんだか今の自分には、とても救いになる話だった。いろんな人に支えられながら生きている。

 

 

 

 

・台湾人のお坊さんの知り合いがいて、久しぶりにzoomで話をした。

菩薩道(大乗仏教)の考えもとに生きていて、生活のすべてが修行だと話すお坊さん。

はじめて会ったときに、ネットフリックスで「聖☆おにいさん」のアニメを見て日本語を勉強していると話していたからっとした笑顔が見ていて気持ちいい、溌溂としたお坊さんだ。

 

偶然、このお坊さんも、縁の話をしてくれた。

出会った人すべてには縁があって、濃い縁と薄い縁があって、考えに共感して仲良くなれる人は濃い縁で、そうでない人や距離の遠い人は薄い縁だけど、薄くても大事じゃないわけではなくて、いつかまた縁が濃くなるかもしれない。共感しあえる時が来るかもしれない。

そんな話。

 

ゼロか百かじゃなくて、違う人も、距離が遠くなった人も、ブログでつながっている人も(笑)

お坊さんみたいに、知り合った皆の幸せを願って生きたいなとそんなことを思う日だった。

 

 

 

 

・夕方ごろ、奈良、大安寺の近所を散歩。

引っ越したおかげで、近くなのに知らない場所がたくさんできた。

 

平城京の頃からの歴史の長さを思うと、自分の人生の短い時間の悩みや苦しみなんてちっぽけに思える。奈良は好きな場所だ。

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ガンバラナイけどいいでしょう

 

最近は紙のノートに考え事を綴ることが多くて、はてなブログで発信するのが少し久しぶりになった。

 

僕が近年、考え事やその日あったことを綴るのはダイソーの100円のシンプルな茶色のノートで、表紙には、そのノートを使い始めたときに良いイメージを持っていた都道府県を書いている。1冊目は青森で、2冊目は神奈川。2冊目のこのノートは去年の9月から使い始めていて、なんとなく紙に手書きで考え事を書きたくなったときにだけ使うから、薄いノートだけどまだ半分くらい残っている。

子どもの頃は日記帳というものを使っていたけれど、空白が続くとなんだか書けてないことが嫌になって続かないから、普通のノートに書きたいときだけ日付と雑感を書くスタイルになっていった。書きたいときだけ書く、でいいんだよな。誰に強制されるわけでもないし。

 

 

 

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表紙に書いているprivate noteってタイトルは、private northっていう青森の八戸にある好きなカフェの店名からもじった

 

 

最近、たまたま仕事で車を運転しているときにラジオから流れてきた吉田拓郎の「ガンバラナイけどいいでしょう」をよく聞いている。吉田拓郎は父親がファンで、子どもの頃父親が運転する車はだいたい吉田拓郎ユーミンだったし、家でもよくギターで拓郎の曲を弾いていた。昨日、気付いたら僕もウクレレでこの曲を弾いていた。

 

 

資格の勉強や仕事や、他にもいろんなことがあって、週4勤務にしてもらっているとは言っても結構頭のなかは忙しくて、疲れていたんだと思う。午後から出勤だった昨日は久しぶりに朝10時くらいまで寝ていた。

 

ずっと気を張っていたらしんどい。

がんばったあとは、しんどくなったらいい。

しんどくなったら休んで、気の向くままに過ごしてみて、しばらく楽に生きてみたら良い。適当にやったらいい。しばらくは、とりあえず生きてさえいられたらそれでいいやん。

 

そう思わせてくれる脱力系ソング。うまくいかないことがあって当たり前だよね、人生なんて。

 

そう思って、緑豊かな川辺を散歩してみたり、夜、家の近所の広場で夜空を見上げながら1人お酒を飲んでみたり、スーパー銭湯で外気浴やサウナや水風呂でぼーっとここ最近のいろいろを振り返ってみたりしているここ最近。

 

がんばったり、休んだり、のんびり動いてみたり、リズムがあるけど、今は、脱力モードの時期。とはいえ期限があるので、のんびりペースでも、ちょっとずつ学校のレポートは進めていかないといけないんだけど。

 

皆さんは、疲れたときはどんな風に過ごしてますか? 

 

レポート提出できたらまた、ぼけーっとしよう。

 

www.youtube.com