書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

なんでもないものを使い続けて好きになること。

「今あるものに愛着を持つこと」と、「いつもの風景を違う見方で捉えること」についての学び。|もりもと こうへい|note

 

noteに、今もっているものを長く使い続けることについての文章を書いた。

もう少し、書きたいと思うことができたので、はてなブログに続きを書いてみる。

 

以前、「人の暮らしに入っていく仕事」について、まとめたときもそうだったけど、noteに書いたあとで、書きたかったことちゃんと書けてない気がして、でもまた同じ媒体に書くの、ちょっとうるさいかなって思って、こっちに書いてみるのだ。

 

 

 

価値が高くないものを使い続けてじわじわと価値を持たせる。

僕がここで言う「価値」というのは、超主観的な、その人だけにとっての価値であって、どれだけ魅力を感じるか、というようなことである。

 

たとえば、ハイテクで便利な機器とかおしゃれな家具とか、デザインの素敵な車とか、伝統工芸の食器のような、ある程度多くの人が魅力を感じるものに魅力を感じることは僕ももちろんあって、多くの人がが魅力を感じ、価値があると信じるものと言ったら「お金」がその最たるものなにかもしれないと思う。「素敵なパートナー」とか、「信頼できる友人や先輩」「自分の子ども」、の方がもっと価値がある、という人の方が多いかもしれないけれど。

 

たとえば投資によって、お金を少しずつ増やしていくようなことができたらとても喜ばしいことだと思う。価値のあるものが増えていく、というのは嬉しいことだ。

 

一方で別軸として、その人しか感じられない価値、というのもあって、それが特定のものに対する愛着だったりする。「そのときは彼によろしく」という小説のなかで、少年期の主人公は何でもないような川辺の水草を観察する時間を愛するし、少年の友人は美しいゴミの絵を描くことに、放課後の何時間もの時間を費やす。

 

 

noteに書いた、僕が長く使い続けているもの、弁当箱、筆箱、スマートフォンは、決して同じカテゴリーのもののなかで高級な方ではない。弁当箱や筆箱は普通にホームセンターや文具屋で売られていたものだし、スマートフォンはY!mobileのショップで比較的安く買ったものだ。けれど、何年も使っているうちに愛着がわいて、できればこれからも長く使い続けたいと思うようになる。

 

最近僕が愛用しているものに、100円ショップで買った薄いプラスチックのコップがある。平べったい蓋がついていて、レンジで温めるときや、長い時間温かい飲み物を手元に置いて作業しながら少しずつ飲みたいときに便利だ。

 

軽いから、アウトドアに持っていって、外で温かい飲み物を飲むのにも使える。蓋をしておけば砂埃も入らずにすむ。

 

コップの内側についた、小さな傷についた汚れがめだっていたけれど、薄めたハイターに数十分入れておけば、新品同様にきれいになった。そうやって長く使っているうちに愛着がわいてきて、自分にとっての価値が高くなっていく。

 

そうやって時間をかけて好きになっていけば、安いものでも魅力を感じることができる。

安いものの大量消費に対する反動として、高いものを大事に長く使う、ことを言われがちだけど、安いものでも長く使えば、主観的な価値が出てくる。

 

そうやって価値を持たせることは、もともと高い価値のあるものを使い続けることと同じかそれ以上に、喜ばしいことなんじゃないかと思っている。

 

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

前にnoteに書いた「人の暮らしに入っていく仕事」についての文章と、

そのあとにHatena Blogに書いた文章もついでに。半年ほど前に書いたものです。

 

note.com

kikikiron.hatenablog.com

 

 

”ひとり”の人が好きな理由。

(タイトルとは裏腹に、前半ネガティブなことばかり書いています。

詳しくは書いていませんが、いじめにかかわる内容もあります。苦手な人は気をつけてください)

 

 

あるきっかけで、久しぶりに中学生のころのことを振り返って考えていた。

 

 

 

僕はどうも、自分の身近な人や大切な人が、自分のいないところで他の人と仲良くしている写真を見るのが苦手で、そもそもSNSやポスターなどでも、誰であろうと、集団で仲良く楽しそうにしている様子を、外から見るのが苦手なところがあった。

 

スマホなどでSNSを見るときはたいていひとりなわけだから、それは相対的に感じる孤独感、みたいなものかなと思っていたし、一般にSNS疲れ、と呼ばれるもののひとつの原因で、きっと多くの人に、多かれ少なかれあるものじゃないかと思う。しんどくなったら見ないようにしたり、ときにはinstagramをアンインストールしたりしてしんどくなりすぎないように距離を保ってきた。逆に、自分の投稿を見た人にしんどい思いをさせたくないなと思って、SNSに投稿するのは、なるべく一人でいる時間のことに限っていた。

(自分がそうしているっていうだけで、他の人もそうすべきだなんて言うつもりはない。苦手なアカウントはフォローしなければいい話で、あくまで僕のポリシーというか、ポリシーと呼ぶにはおおげさすぎるほどの、そういうことに思いを馳せるまではずっと無意識にやっていた習慣の話だ)

 

 

あるきっかけで、「仲よく楽しそうにしている人たちを外から見たときの疎外感」に関する、過去のことを思い起こした。

当時のことがもしかしたら今でも、上に書いたような、「SNSにしんどさを感じる」ことに繋がっているかもと思ったので、普段あまりしないけれど、少しネガティブなことをつらつらと書いてみる。

 

中学のときに、理由があって部活を途中で転部して、陸上部に入った。良いところや楽しい思い出もあった部活だったから悪い点だけ書きたくはないのだけど、そこにはちょっとしたいじめのようなものもあって、「ちょっと気に入らない」みたいに思われる人が、一定期間無視される、といった、よくない習慣?があって、途中から入った僕も、ある理由でその対象になっていた時期があった。

 

もとから陸上部にいて仲良くしている人たちを、ひとりで外から見るのはやはり孤独で、思春期の多感な時期に、孤独に耐えながら部活中走っていた。部活のことを考えると胃が痛くなることもあったし、いじめとか、そういっためんどくさいことをする人や集団とはできるだけ距離をとろうと思うようになった。

いじめが終わって、陸上部でリレーメンバーに選ばれて、個人種目でも大会に出たりして、周りから認められるようになってからも、付き合う人間関係は選んでいたし、「ひとりひとりと関わったら別にそんな悪いやつでもないのに、集団になったらいじめとか起きてめんどくさい」って認識ができて、できるだけ安心できる少人数のメンバーとか、信頼できる人と一対一で関わろうとする癖が、自分のなかにできた。

 

まだいじめられている時期、陸上部にいるときに、安心できる人もいた。あまり誰ともしゃべらず、おっとりしていて、まじめで淡々と長距離を走っている同学年の子で、いま思えば発達障害だったのかもしれないけど、2人でやる練習は彼と一緒によくやっていた。今思うと、彼の存在にはとても救われていた。

 

部活とは関係のない、自分のクラスでも、不登校で時々しか来ない子と仲良くなったりして、「ひとりでいる人」に安心感を持つようになった。

 

高校になってからも変わらず、主流の価値観と外れたところにいるような人との付き合いが多かった(高校からは、個性の強い人が多い環境だったので、そういう人の数が少なくなかったのだけれど。)。

進学校の高校で、みながセンター試験の勉強をしているときに、ひとりだけ卒業後海外にいくためにバイトをしている人とか。

 

逆に、学祭なんかで、みなで同じTシャツを着たりするのが苦手で、なるべくひとつの集団にどっぷりと浸からずに、一定の距離を持って外からいたい。ちょっと専門的な言葉を使うと、マージナルな存在でいたいと思うようになっていた。

 

大学でも、サークルはかけもちしていて、在学中ずっと続けたものはなかったし、暇な夜の時間も、同じ学部の人よりも、他の学部の人たちと過ごす時間の方が長かった。でももちろん、どうしてもアウェーな感じはあった。自分だけ知らない授業の話とか、クラスの人の話が出るときもたくさんあったから。

なんというかいつもどっちつかずで、浮き草のようで、ずっと当たり前に一緒にいて、安心できる集団がないことに、それはそれで孤独を感じてしまうこともあった。

育った家族も安心できる居場所ではなかった。何も気を使わずに、リラックスして、当たり前にその場にいられる集団がある人に、あこがれた。

 

いま思えば当時、自分にとって本当に居心地がいいと思える場所を、ずっと探していたのかもしれない。

 

 

自分がそんなだったからか、どの集団でも、そこになじめずに一人でいる人に、惹かれていく傾向にあった。自分と同質のものを感じて安心するのもあったし、一人でいる人が持つ特有の考え方とか、興味関心はいつもおもしろくて、単純にそういう人と話すのが好きだった。

 

中学の部活の自分がそうだったように、集団と距離をとっていたり、ちょっと他の人たちと外れたところがある人は、もしかしたら、見せないけれど、孤独を感じているかもしれないとも思った。近づいてみたらたいていおもしろくて、そういう人たちとの付き合いが増えていった。

 

そういう人たちとは、だいたい一対一で本音で話せるし、普段人に見せない孤独な部分で共感しあえたときには、なんとも言えないぬくもりを感じる。いまも、そうした人に惹かれる傾向にある。ある意味、そうした人たちばかりの職場で、僕はいま働いているのかもしれない。

 

 

僕がブログやnoteを読むのが好きなのも「ひとりの人が好き」だからかもしれない。

誰かが一人の時間に書いたものから、その人の考えや、心の動きを知ることができる。

 

孤独で孤独を癒せるような文章を、僕はこれからも書きたいと思う。

 

 

 

 

 

ととのえる。

「ととのえる」あるいは「ととのう」という時に使う漢字は、整と調のふたつあって、「調」という漢字を書く場合には、前もって用意しておくこと、の他に、程よい加減にすること、望ましい状態にすること、といった意味があるらしい。

 

 

最近の僕の脳内キーワードが、「調える」という言葉だ。

職場や家での皿洗いや書類の整理、仕事や生活のなかでするべきことをこなしていくこと、「整う」という漢字があてはまる場合もあるけれど、望ましい状態、ちょうどいい状態にするほうのイメージがあって、ちょうど心地よい状態を目指して行動する、調えていくことを考えながら動いている。

 

 

自分にとってのちょうどよさを目指していくしかないんじゃないか、ということを最近は思っている。ライフスタイル、年収、ワークライフバランス、一日の食事の量、交友関係に、趣味に使うお金や、運動量・・・。

正解とか、万人が目指すべきものがなくなっていくなかで、少し生活に触れ幅を持たせながら、自分にとってちょうどいいバランスを見つけていく。

 

もちろん、社会というものがあって、国家とか、地域とか、会社とか家族とか、規模に関わらず共同生活をしている以上、社会が個人に求めるものは確実にあって、だけど、社会のニーズにどれだけこたえていくのか、というのも、もはや個人の裁量にずいぶんゆだねられているのかもしれない。他に自分にあったコミュニティがあれば移ることもできてしまう。

 

あらかじめ決められた絶対的な目標、ゴールがない人生で、自分たちでライフワークとか、life-long dreamのようなものを設定して、自分にあったペースで向かっていく。

 

自分にあったペースで暮らす。そこにあわせて調えていく。

理想とか、ありたい自分が漠然とでもわかっていれば、そこに向かっていくことも「調える」だし、無理のないペースを見つけて日々努力していくことも、「調える」なのだと思う。そんなことを最近は考えている。

 

 

ととのえる。

「ととのえる」あるいは「ととのう」という時に使う漢字は、整と調のふたつあって、「調」という漢字を書く場合には、前もって用意しておくこと、の他に、程よい加減にすること、望ましい状態にすること、といった意味があるらしい。

 

 

最近の僕の脳内キーワードが、「調える」という言葉だ。

職場や家での皿洗いや書類の整理、仕事や生活のなかでするべきことをこなしていくこと、「整う」という漢字があてはまる場合もあるけれど、望ましい状態、ちょうどいい状態にするほうのイメージがあって、ちょうど心地よい状態を目指して行動する、調えていくことを考えながら動いている。

 

 

自分にとってのちょうどよさを目指していくしかないんじゃないか、ということを最近は思っている。ライフスタイル、年収、ワークライフバランス、一日の食事の量、交友関係に、趣味に使うお金や、運動量・・・。

正解とか、万人が目指すべきものがなくなっていくなかで、少し生活に触れ幅を持たせながら、自分にとってちょうどいいバランスを見つけていく。

 

もちろん、社会というものがあって、国家とか、地域とか、会社とか家族とか、規模に関わらず共同生活をしている以上、社会が個人に求めるものは確実にあって、だけど、社会のニーズにどれだけこたえていくのか、というのも、もはや個人の裁量にずいぶんゆだねられているのかもしれない。他に自分にあったコミュニティがあれば移ることもできてしまう。

 

あらかじめ決められた絶対的な目標、ゴールがない人生で、自分たちでライフワークとか、life-long dreamのようなものを設定して、自分にあったペースで向かっていく。

 

自分にあったペースで暮らす。そこにあわせて調えていく。

理想とか、ありたい自分が漠然とでもわかっていれば、そこに向かっていくことも「調える」だし、無理のないペースを見つけて日々努力していくことも、「調える」なのだと思う。そんなことを最近は考えている。

 

 

地下に住んでいた先輩の話。

「なんでまた急に連絡くれたの?」

「半地下の家族の映画を見て先輩のこと思い出したんですよ。先輩は半地下じゃなくて地下だったな、って。」

「それ、怒っていいやつだよね?笑」

 

大学のすぐ近くの、先輩の行きつけの焼き鳥屋さんで、2年ぶりくらいに先輩と会ってふたりで話していた。

大学があるのは緊急事態宣言が出ている県なのだけど、大学が閉まっていて店に人が少ないこともわかっていたし、普段から人と接することがとても少ないその先輩と2人で会うことに、リスクはほとんどないということもわかっていた。

 

 

「パラサイトー半地下の家族」や、「タクシー運転手」を見てから、韓国のことに関心が高まっている。だけど僕がこれから書くのは、日本の話だ。先輩や僕や、僕たちの周りの、一流大学とも呼ばれるような国立大学の、2010年代の話だ。

 

 

僕が入ったのは、とても大きな大学のなかの、一番小さな学部で、1学年あたりの学生数は60人程度、学部内でのイベントも多かったし、学部棟のなかに溜まり場のような場所がいくつかあったから、イベントに参加したり、学部棟にいることが多ければ、先輩後輩関係なく顔と名前がなんとなくわかって自然と喋るようになる、そんな雰囲気があった。

僕はどちらかというと内向的な方だったけれど、幸い1つ上の代の先輩たちに喋りかけてくれる人が多く、なんとなく居心地の良い学部だなと感じていた。

 

敷地はそんなに広くない僕たちの学部の学部棟は、たしか4階建てで、地下もあって、地下にある2つの部屋が、学生のたまり場になっていた。片方は軽音サークルの人たちがよく練習に使っていた部屋で、もうひとつは、部屋の奥に畳が敷いてあって、テレビがあり、畳に置かれた本棚には漫画や本がたくさんあった。手前側には大きな机にいくつかのチェアに、ソファや冷蔵庫に電子レンジもあって夜通しマージャンやスマブラ大会が行われる日もあり、飲み会のあと、実家や下宿に帰るのが面倒だからと、そこで泊まる学生も少なくなかった。

 

その部屋が数年間、先輩の住まいだったわけだ。

許可をとってないから、あまり書くと怒られそうだ。

どうして先輩がそこで住んでいたかについては、書くのはやめておこうと思う。

人にはそれぞれ、いろんな事情があるのだ。

 

仕送りがないからアパートの家賃が払えない人たちのなかには、月数千円で暮らせる学生寮に住む人もいたし、休学してバイトして家賃を稼ぐ人もいた。生協の食堂でバイトをして、そこのまかないで食い繋いでいる学生もいた。

裕福な人も一方でたくさんいたけれど、皆学生で、未来にそれなりに希望もあったから、貧しくてもあまり悲観的ではなかった。僕は親に学費を払ってもらっていたうえ、家賃や生活費の一部を仕送りしてもらっていたくせに、割のよくないバイトばかりしていたせいで余裕はなく、100円ローソンの400g100円のパスタや、缶詰やレトルト食品によくお世話になっていた。

 

 

僕自身が、一年、また一年と歳を重ねるにつれて、新歓イベントで話しかけてくれた何歳か年上の先輩たちが卒業していき、後輩が入ってきた。僕は当時、あまり年下が得意なほうではなかったし、なんだかんだ言って元々、いろんな人がいるざわざわした環境も苦手だったから、学部棟の地下に行く機会は減っていた。そのせいで顔なじみの後輩も少なかったから余計に「知らない人たちばかりだったら嫌だな」と、地下に行くのは勇気がいるようになっていたのだけど、地下で暮らしていたその先輩は必ずそこにいたから、なんとなく人恋しかったり、人と喋りたいときは地下に行って、先輩と話したり、誘って外にご飯に行ったりしていた。

 

とても繊細なのに、どんないじり方をしてもたいてい優しいつっこみで返してくれるその先輩がいつも地下にいるのは、僕にとってすごく安心できることだった。

 

 

そんな先輩にふと会いたくなって、連絡を取った。先輩はずっとスマホを持っていなかったら、電話番号のショートメールでやりとりをした。2年間連絡をとってなかったから、今も大学院にいるのか、何をしているのかさっぱりわからなかったけど、大学の近所には暮らしている(さすがに地下からは出ていた)みたいで、会うことができた。

 

僕もそうだけど、先輩は2年前からなにひとつ見た目がかわってなくて、喋り方も雰囲気もそのままで安心した。焼き鳥屋さんで、互いの近況を話したり、最近見た映画の話や、大阪出身だけどたこ焼きより明石焼きがおいしいと思っている話をした。先輩がしているボランティアの話とか、学部の共通の知り合いの人たちの近況とか思い出話とか、くだらない話をたくさんした。

最近買い換えるまで、先輩が16年間同じ財布を使っていたと聞いて、僕は高校1年のときから13年間使っている弁当箱をあと4年使って先輩を抜きます。と言った。

 

スマホを契約したけど、ラインは使っていないらしくて、僕たちはこれからGmailで連絡をとることにした。学部棟には感染症が流行る以前から、僕が卒業した数年後にはもう、人が集まらなくなっていたらしかった。

 

学部祭が再開したら、いつかまた卒業生として遊びに行きたいと思う。

 

何年か前に暮らしていたところ。

 

 

京都市左京区

高野、一乗寺百万遍

 

 

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見慣れた京都市バス川端通り。

 

 

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八百屋さんとネパールカレー屋さんも、

 

 

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はんこ屋もイズミヤもそのまま。

 

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大垣書店のカフェ。コーヒーの香りが数年前のまんまで、香りから来る懐かしさがたまらなかった。よく頼んでいたカフェオレとビスケット。

 

 

 

 

 

 

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白川疎水の布団やさん。ここのおばあちゃんに、引っ越してすぐのタイミングに道端で話しかけられて、30分くらい喋ってたな。

 

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一乗寺のラーメン屋のなかで、京都を離れる直前にはまっていた「つるかめ」の魚介しょうゆラーメン。麺中盛(180g)に味玉、最後に〆飯まで頼んでしまって超満腹。やはり美味。

 

 

 

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ここよくサークルや学部のイベントで使ってたな。

 

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たぶん2000回以上通った百万遍の交差点。


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一乗寺ラーメン街の北のほうの交差点。びし屋もよく行ったな。

友人が働いていたコンビニは100円ショップに。

 

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 やる気。安くて学生に人気の焼肉屋一乗寺ラーメン街の入り口近く。

 

 

急に行きたくなって、雨の日にも関わらず一人で訪れた。

社会人になったから、もっと贅沢してもいいのだけど、お金を使ったのは学生の頃に食べていたラーメンと、行っていたカフェのアイスカフェオレと、お土産に新しくできたコーヒー屋で豆を買ったりしたくらい。

同じ楽しみを繰り返すのが、何よりの喜びだったりする。

 

高野の交差点のミスドがなくなっていたのは残念だったけど、好きな個人店は健在なものが多くてほっとした。

 

帰り、京阪三条駅近くの孫橋湯でお風呂に入って帰る。ジェットバス、薬草湯、深風呂、サウナに水風呂、それぞれが2人分くらいの小さなサイズだけど、綺麗ですっきりとまとまった印象。

 

人が多いと窮屈だろうけど、幸いそんなにいなかったのでくつろげた。

新しい銭湯に行く。これも学生時代にやっていた楽しみ。

初めてのことも少し取り入れると、思い出の土地に行くのがさらにおもしろくなる。

 

 

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前に住んでいたアパートのすぐ近くに、1年半前にできていたテイクアウト専門のコーヒー屋さん。お土産に豆を買って帰った。



 

ハローワークがおもしろかったから、「役に立つ」と「楽しい」について考えてみる。

精神保健福祉士の資格をとるにあたって、専門実践教育給付金と言うのを受給したくて、ハローワークに来ている。

この給付金を受けとるためには、ジョブコーチという制度でキャリアコンサルティングを受ける必要がある。


担当の方に、これまでの学歴や職歴、価値観をいろいろと聞かれて答えてたら、デンマーク留学の話を深堀りされて、「人口密度の低い国の人は体が大きい説」を説かれたり、僕が「地球に迷惑をかけずに生きたいと思っている」って提出書類の「価値観」を書く欄に書いたのを見て「人生の意味」を問われたり、マツコデラックスのテレビ番組の話をされたりして、なんだか飲み屋で知識豊かなおっちゃんと話をしているようだった。


ハローワークってこんな話するものなんですか?」って思わず言ってしまった。



その話のなかで、「どんな精神保健福祉士(以下、PSW)になりたいか」を聞かれて、
「周りの人から相談されたときに役に立てるように、利用できるサービスや相談機関について幅広い知識を持ったPSWになりたい」っていう話をした。
すると担当の方は、マツコデラックスの番組で前澤友作さんがマツコさんに夢を尋ねられて「世界平和です。僕の思う世界平和っていうのは、、、」って定義を語りだした話を例に出して、「「役に立つ」ってのがどういうことか考えて言語化しといたらいい」って言ってくださった。


同じように例として、ホリエモンが「楽しいことだけやって生きたらいい」っていうけどそれは彼が「楽しいこと」が何かわかっているから言えることなんだ、ともおっしゃっていて、なんか興味深かったので、自分にとっての「役に立つ」と「楽しい」の定義を考えてみたい。

「役に立つ」

役に立つPSWという言葉でイメージする人は僕の中に2人いる。自身も精神科に入院歴があって、退院後、PSWとして相談員の仕事や地域移行支援のボランティアなどをされている方。制度やサービスについての知識が豊かで、かつ親身になってまじめに話を聴く姿勢のある方だ。
もう一人は、NPOのリーダーで、共感性が高い一方で事業を推進していくたくましさもあって、困った人ひとりひとりに対して、「これくらいの状況だと大丈夫だけど、こうなっていたらかなり心配」といった、これまでたくさんの人と関わってきた経験から培われた基準のようなものを持ちながら、状況に応じてかなり具体的なアドバイスをしてくれる方。


ふたりとも困ったときに頼りになる。
連絡をとったら助けようとしてくれること、ネットワークや知識が豊富で具体的なアドバイスをしてくれること。

そういった部分が周りの人の「役に立つ」と思う。困ったときは助けてくれるだろうっていう安心感が必要で、知識があるだけじゃだめなんだろな。


楽しい

自分にとって楽しいことってなんだろうと考えた。

気の置けない人と話す時間、
登山やキャンプといったアウトドア、
銭湯や温泉、
読書、語学
文章を書くこと、
コーヒーを淹れること、
好きなカフェで過ごすこと、
旅をしてはじめての場所を訪れること、
好きな場所に出かけること、
映画、
料理、
文章を書くこと、
DIY
ボルダリングなどのスポーツ、
散歩しながらpodcastを聞くこと、
ドライブ、
手紙、
おいしいご飯を食べること、
ときどき絵を描くこと・・・・


結構たくさんあるのだけど、いくつかに分類できる。

ひとつめ。
アウトドアや銭湯、コーヒー、ご飯といった楽しみは、
五感を快適な状態にするといった共通点がある。
スポーツもそうかもしれない。

汗をかいたり、あったまったり、嗅覚、味覚を楽しんで、体の状態からシンプルに快感を得る。



ふたつめ。

料理やDIYは、自分の頭の中のイメージを形にするという楽しみがある。
感性を研ぎ澄ませて、こんな風にしたらおいしいんじゃないか、良いものができるんじゃないか、といった直感を形にしていく。文章を書く、というのもそれに近いかもしれない。
こうやってつらつら書くものはそうでもないけれど、おもしろい文章にしようとして全力で取り組んだときは、かなりイメージを膨らませて、おもしろいと思える構成、読者がイメージしやすい情景描写、などを意識して書いている。
イメージを形にして、良いものが作れたときは楽しい。


みっつめ。

語学やボルダリングなどは、こつこつと前に進んでいく楽しみがある。
努力した分だけ前に進んで行ける。できなかったことが少しずつできるようになっていく。
その変化を楽しんだり、どのように攻略していくかを考えるのも楽しい。


よっつめ。

映画や読書、旅行などは、新たな世界や知識を得られる。知的な興奮を味わえる点で好きだ。
まだ見なかった世界、自分の日々の暮らしではなかなか触れることのない人々や文化を知れるワクワク感。

そういったものが堪らなく楽しい。


いつつめ。

いまさらやけど、いくつめかかくときにぜんぶひらがなやとぎゃくにいわかんがある。

気の置けない人と話しているとき。気の置けない人との時間もそうだし、まだあまり深く話したことがなかった人と、何かのきっかけで盛り上がったりして、仲良くなったように感じること。
あるいは誰かに、相談を受けたりするとき。

心を許してもらっている、あるいは自分が心を許せる関係があることを確認して安心できる。これも楽しい時間のひとつ。




自分にとっての「楽しい」は、だいたいこんなところ。

皆さんにとっての「楽しい」って何ですか?

こういうこと考えるのが楽しいって人は、ぜひ考えてみてください。