書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

暇なときの寂しさと、人と連絡をとること。

今年のGW、皆さんはいかがおすごしでしょうか。

ステイホームしてる人もいれば、気をつけながらも人と会ってる人もいると思う。

 

 

僕は今年のGWは2日しか連休がなくて、そのうち初日の今日は予定を入れていなかったのだけど、パートナーが帰省したこともあり、なんとなく暇に感じていた。

 

実際は、見たかった映画や読みたかった本、他にもやりたいことはたくさんあって別に暇じゃなかったのだけど、GWとか、年末年始とか、お盆とか、クリスマスとか、「他の人は仲良い人たちとか、家族で集まって楽しんでるんじゃないか」と思ってしまうような日にひとりでいると、なんとなくもの寂しい気持ちになる、僕は。

そういう感情は結婚した今でも学生のころと変わらない。

 

 

そんなことを気にせずに、普通に一人でもやりたいことをやってる人はいるし、最近パートナーに教えてもらった、外発反応性、というのに関係してるのかなと思う。

 

外の刺激に反応しやすい、興味を持ちやすい、影響されやすい。

人が楽しそうにしてたら自分もしたくなる、特に人間関係について僕はそうなのかもしれない。

 

一人の時間も気持ちを整えるために必要なのに、みなが集まって楽しんでいると想像すると、ふと寂しくなってしまう。

 

そんなときに、誰かに連絡をとるとちょっと楽になる。

 

八戸に住む友人に連絡したら、その友人も、雨のせいで予定がなくなって暇をしていた。

 

今年のGW、暇してる人も結構多いんじゃないかと思う。

暇を共感できる人がいるだけで、僕は随分楽になる。

 

twitterとかやってたら、結構そういうことつぶやきやすいんだろうな。

だけどきっとまたすぐやめちゃうから、やらなくていいや。

 

twitterよりずっと長いけど、twitterに書くような、どうでもいいつぶやきだったな。

快い雨の日

家がちょっとしんどい感じだったのが少し落ち着いたり、プレッシャーだった職場の案件に終わりが見えてきたり、なんとなく、ほっとできるようになった今朝。

 

祝日の今日の仕事は10時からで、少し時間があるので、つらつらと書いてみる。

前回書いた日からちょうど1週間。週一くらいの頻度で書けたらいいな。

 

 

パートナーに教えてもらって知ったのだけど、僕は外発反応性が高いタイプの人間らしい。ひとことでいうと、周りの情報に影響されやすい。

おいしいものがインスタにあがっていたら食べたくなるし、人が紹介している本は読みたくなる。多くの人にあることだとは思うけど、その程度が強いみたいだ。

 

あと、ストレスが多いときにはたくさん食べて安心するタイプで、昨日も結構夜に食べてしまったから今日は、ゆるめの半日デトックスをしようと思って、朝、読書をしながら緑茶飲んで、あとは蜂蜜生姜ミルクを風予防のために飲んだ。しばらく固形物をあまり入れないようにすると、それだけでわりとすっきりできる。

 

 

最近は、「診療内科医が教える 疲れた心の休ませ方」っていう、自律神経に関する比較的新しい考え方であるポリヴェーカル理論に関する本を読んだり、「マザリング 現代の母なる場所」っていう図書館で見つけたおもしろそうな本を読んでいる。

 

ポリヴェーカル理論、不安を感じやすい自分自身のことを理解できるだけでなく、僕が苦手としている「いらいらしやすい人」の理解にもつながるから二重で役に立つ感じ。ネガティブな身体反応も、自身を守るためのものとして一旦肯定的に捉えられるのがいい。

 

 

あとは、友人にこないだ勧めていた「82年生まれ キム・ジヨン」の映画をGEOで借りてきて見たり、「朝が来た」をネットフリックスで見たり。

どれもおもしろい。

家族とか、メンタルの不調とかが、どうやら今の自分の関心事らしい。

 

 

先月受けたHSK4級、全然自信がなかったけどぎりぎりで合格していた。

とはいえこないだ台湾人のお坊さんとZOOMで話したらほとんど話せないし聞き取れなかったので、3級のテキストからもう一度復習して、確実に聞き取れる&話せるフレーズを増やしていこう。

 

先週末は精神保健福祉士の通信の学校のオンラインのスクーリングもあって、それもおもしろかった。

最初の授業の担当の先生が話していた内容で、「誰にでも偏見があるのは当たり前、だけど自分の偏見を自覚したときに、ちょっと(反対の方向に)意識して寄せてみるのが、ソーシャルワーカーとして大事なこと」っていう話が、ソーシャルワーカーでなくても普段の人間関係でも大事にしたいことだなと思った。

 

 

住んでいる部屋から見える川沿いの桜並木はすっかり緑一色になって、

ベランダに植えたゴーヤはようやく種から芽を出し始めた。

 

 4月の雨。

レインコートと防水の靴を買ったから、今日も堂々と雨に打たれて通勤しよう。

 

4月の午後

宿直明け。


帰ってココナッツミルクとハチミツとレーズンを混ぜて凍らせて作ったアイスなどを食べてから休む。ココナッツミルク好きにはたまらなくおいしい。

もう5年くらい使っていてGmailで文字を打てないことが増えてきたスマホを新調しようと思い、機種変更の手続きをパソコンを使ってオンラインでやっていたら、なぜか最後の最後の機種変更の申し込みのボタンを押したら進まなくなって、諦めてボルダリングに行った。パソコンも古くなっている。早めにどうにかしないとまずいことになりそうだ。

今日は夕方から兄と墓参りに行く予定が、兄がそのことを忘れて仕事を入れていたらしく、ひとりで行くことにしたのだ。時間が自由になったから、せっかくなら駅の近くのボルダリングジムで少し登ってからにしようと思った。


久しぶりに一ヶ月の月パスを買ったボルダリングジム。平日の昼間は人がほとんどいない。みんなマスクして無言で上ってるから、感染のリスクもかなり低そうで安心できる。

感染症と関係なく、普段から静かな人が多いジムで、店長もとても寡黙だ。県内で一番小さなジムなのだけど、課題が多彩でおもしろい。

ずっと苦戦していた4級の課題をどうにかクリアできて、ついでに他の4級もやってみたらそっちは簡単だった。

帰り際店長に報告すると、長いことかかりましたね、これで4級プレーヤーですね、と言ってもらえた。

いつか3級くらいまでクリアできたらいいなあと思う。2級の課題をやってる人たちは強者過ぎて、その人たちの輪に入っていける気がしない。


お墓は大阪に会って、念のために最寄り駅とは違う、人の少ない駅で降りて、一時間ほど歩いてお墓参りに行くことにする。

帰りにお酒でも飲もうと思い、ボトル缶の日本酒を買ってリュックに入れていく。


なんだか、ただの自分の日常を人に知ってもらいたい気分になって、こうして文章を書いている。

読んでくれる人に感謝しないとだ。


皆さんも、良い夕方と、良い明日をお過ごしください。

宿直の夜に。

宿直の夜に、ブログを書いてみる。

少し仮眠をとってから目覚めたら眠れなくなって、なんとなく思いを書き残そうと思った。


昼間のケアが終わって、夕方ごろに事務所でやるべき作業をしようとしてたら、パートさんとケアに関する議論が白熱してしまい、宿直の直前の時間まで話し込んで作業が進まなかった。

考え方が違う人たちと働いているなあと、つくづく思った。
何が正解とかはないけど、やっぱり利用者さんの幸せを一番に考えることは、ベースとして共有したいとは思っている。そこはプライドみたいなもので、福祉の仕事してる以上、自分の中でぶれそうにない。


それにしても、仕事で作っている、ある冊子の製作に関するプレッシャーはずっと付きまとっていて、焦りとか不安とか、ネガティブな感情にもよく陥っている。
他にも、4月からの精神保健福祉士の学校の通信の課題がどれだけ大変だろうかとか、読めないことも多くて最近はなんだか不安が大きい。


仕事や勉強だけだったらどうにかなるんだけど、同時に急がしいなかでも遊びたいとか、生活を大事にしたいという思いが、逆に重荷になっている気もする。

スマホで喩えたら、2割は「娯楽・趣味」で常に埋めていたい、だから残り8割がぎゅうぎゅうになってしまうような感じだ。

まあでも、なんでも余裕は大事だし、楽しいと思いながらやるようにしよう。
良いものを作りたいからプレッシャーを感じるわけで、そのワクワクを忘れないようにしたいなあと。

仕事も勉強も全部、遊びのつもりでやってます。
くらいの気持ちでいたいな。


まあ、本気で焦ったり不安になったりするのは、ゲームではできないから、逆にこの、本気でネガティブな気持ちも貴重なのかもしれない。

むしろ、全力で焦って、動揺して、余裕なくして生きていこうかな。笑


皆さんは、最近本気で焦ったことって、何かありますか??

旅の途中に、その土地の図書館を訪れるということ

 

2泊3日の旅行が無事終わって、疲れもあって、早く寝たいのだけど、ちょっと書きたいことを書いておく。

 

今回の旅でいろんなことに気づけたけど、自分の趣味や好奇心を追いかけることで気持ちを満たすってのはすごく大事なことで、最近それができてなくて、そのためにちょっと不安定だったのかもしれないってこと。

 

こうやって書くということも、自分の趣味のひとつであって、同時に、自分の興味ある分野についてまとめたり、自分の「好み」を確認する手段なんだった。そんな自分にとって大事なことをするのを、最近は忘れていて、旅をしてみてようやく、忘れていたことに気づいた。

 

旅の途中に、その土地の図書館を訪れるということ

 

今回の旅行は、ガイドヘルプの仕事でもなければ、ボランティアでもなかった。ただプライベートで、一緒にいった障害のある人の介助をしながら、僕や同僚も普通にお金を払って旅行をした。だから、この旅行を最初に希望したその人の行きたいところに行ってやりたいことをするのを手伝うだけじゃなくて、僕や同僚の行きたいところにも行った。同僚は松江城に、僕は図書館に行きたかった。出雲そば出雲大社は、みんなが食べたいもの、行きたいところだった。

 

2日目、宍道湖の北の道を車で走って、松江城から出雲の宿泊先のゲストハウスに向かう途中に、

 


大きな窓と周りの木々がおしゃれで、外観がちょっといい感じの図書館を同僚がたまたま見つけてくれて、3日目の昼に図書館に寄ることを僕が希望した。

 

僕は旅に出たら、だいたいその土地の図書館に立ち寄る。入ってみて、居心地のいい図書館だったり、おもしろい本にたまたまた出会ったら、1~2時間くらい滞在する。

 

図書館は休憩場所にもなるし、旅で訪れた地域のことを知るためにも利用できる。ガイドブックもあるし、その地域の地方紙も置いてある。建築もそれぞれ違っておもしろい。

 

だけど、ゆるい活字中毒の僕にとって、旅先で図書館に行く一番の理由はきっと、旅先での活字不足を補うためだ。

普段は仕事以外の時間は、読もうと思えばいつでも本が読めるけれど、旅の途中は、(ひとりで行く電車旅なら車内で思う存分読めるからそうでもないけれど、それ以外のドライブ旅や人との旅行だと)本を読む時間が少ない。

だから欲求不満になるのだけど、その欲求不満の状態で図書館に入って、興味のある本を探して読んだらとても楽しい。

 

山で食べるご飯がだいたい何でもおいしいのとたぶん同じような理由で、

旅先の図書館で読みたいものを探して読む本はだいたい何でもおもしろいのだ。

 

 

ここからは余談だけど、今日行った出雲市立平田図書館では、「愛の自転車」っていう、40年以上前にインドからスウェーデンまで、恋人に会うために自転車で国境を越えていったダリットの男性の実話に出会った。もともとスウェーデン人によって書かれた本で、「愛の不時着」にちなんだ邦題らしい。

 

帰りの車で同僚にその本の話をしたら、

「北欧」「自転車」「社会問題」って、僕がすきそうなキーワードが揃ってるやんって言われた。その通りだった。

 

帰ってからTSUTAYA書店で買ったので、これからゆっくり読もう。

 

 

「旅先の図書館を訪れる」

もし、やったことなかったら、一度やってみると、案外おもしろい体験かもしれません。お金かからないし、おすすめですよ~。

 

 

 

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訪れた出雲市立平田図書館と、
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稲佐の浜と、

 

 

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キルト美術館の風景。

 

 

 

年一回の特殊な旅行のメモ。

昨年に続き、今年も春に職場の身体障害の利用者さんと旅行に来ている。

去年は広島で、今年は島根。
去年は一泊で、今年は二泊。
去年は友人が、今年は同僚が一緒に来てくれた。


明日朝早いから早めに寝たくて、長くは書かないけど、思うことを簡単にメモ。

ひとつは、今年もほんとにたくさんの人が親切にしてくれたということ。

松江城では車椅子のままで高い段差を上がるときに職員の方以外に観光客の方まで持ち上げるのを手伝ってくれたり、ユニバーサルルームを元々予約していたビジネスホテルでも僕が寝袋を忘れたので簡易ベッドが借りれないかフロントに聞きに行ったら、部屋を急遽ツインに変えてくれたりもした。

何より一緒にいってくれた同僚はほんとに助けになった。
二人介助者がいることで、どちらか片方が休息の時間を持てるとかなり助かる。
逃げ恥の最終巻かどこかで、子育てで夫婦が同じように両方の休日にどちらかのレスパイト時間を設けていたのににている。


ふたつめの気づきは、人に上手に何かを頼むということはとても難しいということ。これは頼り慣れてるように見えていた障害のある利用者さんもそう感じていたし、僕らでもそう。
どうしたら気持ちよく手伝ってもらえるか、わかりやすく伝えられるか、これからもこの人の頼みを聞いてあげようと思ってもらえるか。

障害のある人が、同僚にドリンクバーで飲み物をとってきてもらうとき、飲みたいものを伝えるけど、もしなかったら別のにしてほしいってのも言っておく。だけどもしかしたら両方ないかもしれないし、そしたら同僚は戻ってきて他のどれにするか聞かないといけない。二往復もしてもらうのは申し訳ないけどドリンクバーに何があるかは見ないとわからない、とか。細かいけど。
その人に合わせた気持ちいいたのみかたとか、めちゃ難しいし、もう下手でもいいと開き直って、その代わり感謝はしっかりできたらいいのかも。とか。

気遣い合うより多少の無礼は許し会う方が低コストかも、とか。


まあ、細かいことは無数にあるけど、いろいろ勉強になる。

あと、
これは旅の内容と関係ないけど、話をしていて感じた、いまの僕にとっての大事なことは、一人の人に依存的にならないために、依存先を増やしたり、趣味に時間を使うことを意識するのが大事ってことかもしれない。前まで意識してたことなのに、最近忘れてしまっていた。


あと、
同僚が、利用者さんとまた近々カフェとかに行こうと誘っていたのは、とても嬉しかった。
プライベートの時間を介助に使うって結構気持ち的に負担になってしまうこともあるんだけど、その分学びとかおもしろさもあるわけで。そこを、僕と同じように感じ取ってもらえたのはとても嬉しい。


介助して感謝されることで、介助者の自尊心が満たされる。
介助が必要な側も、より自由に過ごせるようになる、そんなウィンウィンの関係がいいねって、今日の夕食の、ガストでの話、なんだか良かったな。

noteに音声を残す、ということを友人と交互にやっていて、今日それを録ろうとしたのだけど、先日ノートパソコンを初期化したせいでaudacityという録音ソフトがなくなってしまっていて、それを再度インストールしてもなぜか開けない事態が生じた。いろいろ調べながら試行錯誤してたらどうにか開くことができて、録音できるようになったのだけど、できたころにはなんだかエネルギーがだいぶ減って録るモチベーションがなくなってしまっていた。

 

なぜかいつも宿直明けに僕は音声を残そうとする。

宿直明けだから、疲れで少し自意識(?)がやわらいで、ひとりでマイクに向けて話して、それをネット上に流すということができるのかもしれないけど、疲れてるから今日みたいにちょっとエネルギーを使わないといけないことが現れると、それだけでやる気をなくしてしまう。

 

僕は、4月は少し苦手で、エネルギーが低下して憂鬱になりやすい時期だから、なおさらだ。

 

音声に残すエネルギーは無い代わりに、こうやってPCに向かって文字を書いている。

spotifyでCoten Radioを聞きながら。第一次世界大戦の話、3人ともおつかれさまでしたって感じだ。

 

 

元気だったら僕は今回noteに、3月の半ばに八戸の友人の家に遊びに行った話とか、スコーン作りにはまっている話とか、福祉の仕事が私生活の役に立つ、なんて話をしようと思っていた。

 

スコーン作りはこれからも続けていくだろうから、どこかで話すか、書くかするのだと思う。他のふたつについてはわからない。

 

 

ああ、なんだか、書くエネルギーもなくなってきてしまった。

もう一回寝ようかな。

 

こんなにもまとまりのない文章を残す意味があるのだろうか。。。笑