書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

普段どんな風に散歩をしてるかについて。

おととい神戸の灘区を散歩した話をnoteに書いた。今日は大阪市内に仕事前に用事があって、そのあと少し曾根崎通りらへんを歩いていていた。静かな田舎も好きだけど、都会を散歩するのもそれはそれでおもしろい。



歩くのが好きだ。

あまり遠くには行けないけれど、ふらっと気になった店の前で立ち止まったり、川沿いを歩いてみたり、信号で止まるのが面倒だから方向を変えてみたり、気軽さや自由さ、開放感が、車にはない徒歩の魅力だと思う。



以前、たしか5月ぐらいの緊急事態宣言のときに自分のランニング時の持ち物や格好について書いたのだけど、今日は散歩や、ある程度の距離を歩いて移動するときの習慣について書いてみようと思う。

ほんとに特別なことは何もないし、普通に誰でもやってそうだし、誰かが読んだところでなんの価値もない気がするけど、書きたいから書くのだ。



僕は基本的に仕事でもプライベートでも、外にいくときはスニーカーを吐いている。
それに、リュックを普段から使っているから、歩くときもそのままのことが多い。靴は、たまに散歩だけを目的に家を出るときはランニングシューズのときもある。散歩目的のときはリュックは持たず、手ぶら。

書いてて思ったけど、散歩のためだけの散歩ってあまりしない。図書館にいくついでとか、出掛けた先で、とか、鹿に会いたくてとか、そういう理由があることが多い。


ズボンはだいたいカーゴパンツ
これも普段通り。



最初はただなんとなく歩いていて、途中コンビニを見つけたり、テイクアウトできるコーヒー屋さんがあったりすればコーヒーを買う。

ラテだったり、ブラックだったり、それは気分によって変わる。砂糖は入れない。

コンビニだったら、ついでにガムを買う。
コーヒーを飲んだり、ガムを噛んだりしながら歩く。

そうすると口が暇にならなくていい。
キシリトールのガムとブラックのコーヒーなら虫歯にもなりにくい気がする。

長い時間散歩するときは、スマホPodcastや音楽を聞いたり、ウォークマンで外国語や音楽を聞いたりする。

そうすると頭も暇にならなくなる。

でもできるだけ、外の音を聞いて、イヤホンからの情報のインプットをなくして、考え事をしたいと思う。


歩きながらいろんなことを考える。


話は逸れるけれど、今日考えてたのは、ボランティアってセーフティーネットだよなあってこと。

前にどこかで書いたことがあるような、ないような気がする。

今日、兄をつれて、大阪精神医療人権センターの事務所に、あることの相談に行ったのだけど、普段自分がそこでボランティアをしてるおかげで、いや、もちろんその方がすごく優しいからってのもあるんだけど、とても親身に聞いてくれていいアドバイスをしてくださってとてもありがたかった。

ふだん無償で活動しているところに対しては、自分も困ったら助けを求めやすいというのもあるし、ボランティアをやってる人たちの集まりは、基本的に善意のある人たちの集まりなわけだから、助け合いが当たり前、みたいなところがある。

競争社会の反対、みたいな雰囲気がボランティア団体にはある。


去年風をひいたときに職場で先輩にカボスのシロップでできた手作りジュースをもらって心が暖まったときは、人の優しさが一番の福利厚生だなあ、なんて思ってたけど、ボランティアとか、別にボランティアでなくてもいいんだろうけど、人との繋がりが何よりのセーフティーネットだなあと思う。


これからも、余裕があったら何かしよう。

そして、いろんな場所で歩きながら、いろんなことを考えよう。








知らない街をひとりで散歩する。|森本康平 #note https://note.com/komorimon/n/n0a16dd60070c

自分の声を聞く。

オリオン座流星群がピークらしい。

家に帰って酒を飲みながらPCでニュースを読んでいたらそのことを知った。外に出たら曇っていて星は見えなかった。見えていたら、平城宮跡かどっかに行ってたかもしれない。曇っていて、むしろよかった。

 

仕事を夜9時に終えて、兄と電話をしながら駅まで歩いたら、同僚がたまたま車で通りかかって、家の近くまで送ってくれることになった。

 

忙しい日々だったから、なんとなく助手席に乗りながら話せるのがありがたかった。

 

 

午後からの仕事の前に、朝から勉強を教えるボランティアをしたり、兄のことを少し心配してあれこれしたり、引越しのこと、春からPSWの資格をとるために通信の学校に入学しようと思っていて、補助金をもらうためにハローワークにいかないといけないこと、12月に中国語の試験を受けるつもりでいること、英会話を習っているけど忙しくてあまりいけていないこと、仕事が忙しくなってきたこと、なんか、ずいぶんハードになってきてるなってことを、同僚と話していて改めて思った。

 

学生のころは、バイト3つ掛け持ちしながら国家公務員試験の勉強をしてたりして、忙しいのにある程度慣れているつもりだったけれど、いまは学生のころ以上に、やらないといけないことの他にやりたいことまでたくさんあって、頭がほんとに忙しい。いまだけなんだけど、これまでは、わりとゆったりできてたんだけど。

 

ちょっと躁気味かもしれない。双極性障害じゃなくたって、普通の人でもそういうことってあると思う。

自覚したのなら、コントロールしないといけないな。

 

とりあえず、遊びの予定は少し先延ばしにしていこう。

しんどかったら、無理せず休もう。

 

シャワーを浴びて、さっさと休む準備をしよう。

 

おつかれさま。おやすみ。

 

 

 

 

 

家で寝袋で寝るのがめっちゃ幸せ。どうでもいいことの必要性。


宿直業務を終えてから職場で書いている。
パソコンが手元になくてもスマホがあれば文字だけのブログなら簡単に書ける。便利。便利って中国語でなんて言うんだっけな。忘れちゃった。

⚪家で寝袋を使う。

こないだ寒さで寝付きが悪くて、でもまだ暖房は使いたくないなと思って寝袋を使うことにした。

キャンプなんかで使う普通の寝袋。
これ、家で使うとめっちゃ暖かくて心地いいの、知ってました?

キャンプのときって、テントのなかもそんなに暖かくなくて、それでも寝袋にくるまると暖かい。だけど僕は、下が固いとあまり眠れないたちで、キャンプでテント泊をするときは、二時間に一回くらい目が覚めたりします。
下に敷いたら快適になるやつ、買えばいいんだろうけど、まだ買えてません。


キャンプのときは寝心地がそんなによくないけど、寒い日に家で普段のベッドの上で寝袋にくるまって、さらに掛け布団かけて寝たらめっちゃ暖かくて、下も柔らかいから気持ちいいです。(普段使ってるマットレスが固かったらだめだけど。みんな、マットレス大事やからいいの使おうね。)

寒くて眠れない、だけどなんとなくエアコンはまだ早い気がする!という僕みたいな人がいたら、おすすめです。笑
ちょっとキャンプ気分だけど快適なのが幸せ。


⚪「意味のない何か」をみんな必要としてると思う。

今日聞いてた樋口さんのPodcastに、「ただ思ってることをしゃべってるだけの価値のないこのPodcastを聞いてくれてる人がいる意味がわからない」、という話があったのだけど、価値がないしどうでもいいから、リラックスして聞けるんだよなと思う。

他のPodcastは、というかPodcastに限らず本とか、ブログとか、表現されたものはだいたいそうだと思うけど、何か伝えたいことがあって、メッセージを発してくる。

みんなそれぞれ、そのなかからいま自分が知りたいこと、必要な情報、おもしろいと思うものを探して選んで聞いたり読んだりするんだろうけど、そういう作業って、余白がないというか、予定調和過ぎて疲れてしまうことがある。そりゃ、おもしろいと思うものを享受してるわけだから、おもしろいんだけどね。
価値のあると思うものはきっとほんとに価値があるし。

だけど、そればっかりだと疲れてしまうから、誰かがどうでもいいことを話してるのとか、ただその日あったこと、思ってることをだらだらと垂れ流してるとか、そういうものを実は必要としてるんじゃないかなーって思う。

自覚的にその人が求めてるものって、趣味や興味の範囲によって人それぞれだけど、どうでもいいこと、意味のないことって、自覚してない人もいるかもだけど、実はみんなが必要としてるんじゃないかな。

樋口さんのPodcastがおもしろいと思うのは、僕が共感できることが多いからってのもあるかもしれないけど、期待せずに聞いていられる話は良いよなあっていつも思う。
そして、車のなかで録ってるこのPodcastでときどきウィンカーの音が聞こえてくるのがすごく好きだ。共感してくれる人いないかな。


自分も近々ひとりでPodcastをすることになりそうで、どんなどうでもいい話をしようかなあと、あれこれ思いめぐらせてる昨今です。

ちょっとくさいけど優しくておいしい味噌汁のメモ。

 

 

涼しくなってからいろんなスープを作っている。

どれもおいしかったのだけど、呉汁という汁物の存在が少し前から気になっていて、だけど家に生の大豆がなく、代わりに賞味期限切れの納豆があったのでそれを使って今朝作った味噌汁が意外なほどおいしかったのでメモしておく。皆さん呉汁って食べたことありますか?

僕はないのだけど、これもいつか作って食べてみたいなあ。

 

kyoudo-ryouri.com

 

家にあるもので作っておいしかった味噌汁のレシピ

・洗ったごぼうを斜めに5ミリくらいの厚さで切り水につけて五分くらいアク抜きをしておく。

・たまねぎをみじん切り。

・かぼちゃは一口大に切る。

・これら全部を沸騰した水に入れ、納豆とたれもぶちこむ。

からしは入れなかった)

・しょうがのみじん切りをいれ、弱火にしてから味噌を入れ、ひと煮立ちさせる。

以上。

分量は適当です。だいたいこんなもんやろって感じでいっちゃってください。

しょうがはすりおろしでもいいし、なくてもいいかもしれません。

人参、こんにゃくや豆腐も合いそうです。寒い冬にね、体を温める根菜や発酵食品はいいからね。

 

昨日の夜、なんだか寒くて寝つけなくて、ようやく眠れたと思ったら朝4時くらいに目がさめて、仕方ないから料理でもするかと思って樋口さんのpodcastを聞きながら作っていた味噌汁でした。

 

ちょっとくさいのだけど、今日仕事終わってさっき家に帰ってきて食べたら、さめてもとってもおいしかった。

いつかどこかで聞いたことはあったのだけど、納豆、味噌汁に入れるとおいしいです。

まだやったことない人、お試しあれ。

 

 

朝4時に味噌汁作りながら聞いていたpodcast

podcasts.google.com

ヘッダー変更ついでに今の自己紹介と、仕事の話、近況報告など。

 

ずいぶん久しぶりにヘッダー画像を変えた。

前のが、デンマークのオーフスのホッドドッグ屋さんの内観をとった写真で、なんとなくおしゃれだけど落ち着く感じが気に入っていた。

 

ずっと同じものをつかっていたし、デンマーク留学から3年以上たっていたので、いい加減自分の住む奈良の写真にしようとgoogle photosから探して、鹿が写っている奈良公園の写真を選んだ。

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ついでに、今の自分がやってること、関心のあることなんかを簡単にまとめてみたい。

こういうのってそのときそのときで変わってしまうから。

 

 

僕は3年前から変わらずたんぽぽの家という40年以上続く障害者福祉をやっている組織で働いている。今年はさすがにオンラインになったけど、わたぼうし音楽祭という大規模な音楽祭を何年も続けていて、さまざまアート活動やイベントにも取り組んできた組織で、障害者福祉の分野や、奈良に住んでいる人にはそれなりに知られているところだ。

 

僕の仕事亜脳性まひや自閉症など、知的、身体障害の人の生活の支援が中心になるのだけど、ほかにもいろんな仕事がある。

去年から秋に地元の人にもっとたんぽぽのことを知ってもらおうと、「たんぽぽの家」のある六条山地域のいろんなお店や病院、個人宅などで一定期間絵画を展示してもらう、六条山プライベート美術館という取り組みをしている。

 

今年もそれは行っていて10月はスーパーや病院に障害のあるメンバーの絵画が展示されている。ただ、去年やったように報告展で人を呼んで取り組みの結果を大勢のいる場で伝えることができないから、報告冊子というものを今年は作る予定で、それについて昨日ミーティングで話し合っていた。

 

tanpoponoye.org

 

今年は年次レポートといって、たんぽぽの家の1年間の活動を毎年報告する冊子の担当にもなったので、紙媒体とか、文章に関わる仕事がいくつかできるようになっていてとても楽しい。

 

仕事以外に、大阪精神医療人権センターというところで精神科に面会にいく活動をボランティアで去年の冬までしていたけど、いろいろあってしばらくいけていない。事務所には久しぶりに今度足を運ぶつもりだ。

 

ミモザの家という自立援助ホームにも、勉強を教えてほしいといわれて時々言っている。

 

ほかに英会話を習ったり、ボルダリングジムに時々行ったりしている。HSKという中国語の試験も12月に受けるつもりで、勉強を始めた。

相変わらず料理が好きで、スープや味噌汁にはまっていた。そろそろ、鍋もいいかなと思っている。

 

いま神奈川に住むパートナーと一緒に暮らすことが決まって、最近家も決めた。

 

好きな図書館の近くで、前から気になっていたところに、オーナーさんがとても優しそうな、入居者大歓迎って感じでムーミンのイラストがついた飾りつけなどが置かれている部屋を紹介してもらったのだ。ベランダも一人暮らしの今の部屋より広いので、家庭菜園も楽しみだ。

 

昨日から4連勤で、今日は雨だけどガイドヘルプの日、明日はお菓子作り、あさってはプール介助からの運動療育のプログラム、そのあと宿直。

 

宿直明けは英会話に行ってから、利用者さんの書道の展示を見に兵庫まで行こうと思っている。

 

そろそろ、仕事に行かないと。

 

秋には冬の準備を。

朝いつもより少し早く起きて、ティーパックの緑茶を入れてみた。ケトルから湯気が出ている。お気に入りの波佐見焼きのマグカップにこれまでコーヒーばかり入れていたような気がするけれど、これからはこのマグでおいしいお茶も飲みたい。

 

窓を開けると、キンモクセイの香りが漂っている。朝七時の外はもう寒い。

今は寒露で、本格的な秋が始まる時期。七十二候によると、菊の花が咲き始め、秋の虫が鳴き始める時期らしい。

 

寒いけれど、あえて窓を開けたままにして、おととい早めの誕生日祝いで彼女に買ってもらったジャケットを着ながら書いている。12月から暮らす部屋も決まって、この部屋を使えるのも、あと70日ほどになった。3年しかいなかったけど、DIYで小物や家具を作ってみたり、ウクレレをひいたり、たくさん料理をしたり、いろんな人が来てくれた、お気に入りの部屋だった。

 

お客さんが来ない日はたいてい散らかっているけれど、そんな風景もあえて写真に残そうと思う。大好きなキッチンで、おいしい料理もたくさん作ろう。もうすぐ、鍋もおいしい季節だ。

 

最近ゆっくり読んでいる、「暮らしの手帖日記」という松浦弥太郎さんのエッセー集がすばらしくて、そのなかの「一杯のお茶から」というエッセーの最後の一文を借りてきて、今日の15分ブログを終らせよう。

 

さあ、冬よ来い。

 

なんでもないこと。

空を表す言葉。

光のモビールとも呼ばれる窓際に吊るす装飾品、ヒンメリはフィンランドのもので、"himmeli"はフィンランド語。だけど「空」を表す"himmel"はデンマークノルウェーの言葉だ。フィンランド語で「空」は”taivas”というらしい。とってもフィンランド語らしい響きの言葉。

 

ちなみにスポーツメーカーのhummel(ヒュンメル)はデンマークの会社だけど、"hummel"はドイツ語でマルハナバチの意味。

 

 

 

読んだつもりの本。

商店街の南のほうの、池の近くの小さな本屋さんで、村上春樹の本を久しぶりに読んだ。ねじまき鳥クロニクル。もちろんタイトルは知っていたし、読んだこともあると思っていたけれど、ページを少しめくってみて、まだ読んでいなかったことに気づいた。

村上春樹の小説はたいてい、よく知らない音楽の名前が当たり前のように出てきて、起こりえないような小さな出来事がどこにでもいるような主人公に起きて、あっという間に物語に引き込まれる。

 

夜、駅で彼女を見送ったあと、駅の近くの書店でも同じ本を見つけてまた立ち読みをした。知っているけれど読んでいない小説は、生きているのは知っているけれど、もう人生で会うことのない知人に似ていると思った。どこからどこまでが自分にとっての存在なんだろう。

 

生きていても会わない人。知っていても読まない本。

死んでいて会えない人。存在しない本。

 

3年前まで暮らしていた京都の左京区の白川疎水沿いのアパートが、もうずいぶん昔のような、薄れた記憶になっている。出窓に本棚を置いていたのも、角部屋で窓が2つあるせいで冬が寒かったのも覚えている。だけど窓際から見えた疎水の道に、桜がどれだけ並んでいたのか、もう記憶があいまいになってしまっている。

 

自分が経験した過去はかろうじて存在していたとして、自分が生きていなかった40年前の京都は、僕の中に存在しているんだろうか。知ったときに、初めて存在するものばかり。