考え事と生活の記録

とりとめのない日々の記録です。

長距離を歩くこと。

 

今日で、50日50本ブログチャレンジも終了。

 

ちょうどGWの最終日だし、自分で企画した長距離歩行イベントの日にも重なった。

 

歩くことについて感じていたことを、書いてみようと思う。

 

 

長距離を歩く。

今日みたいに、5万歩も歩くことは自分はめったにないのだけど、3万歩くらいはときどきする。

 

歩きながら、podcastを聞いたり音楽を聞いたりすることもあるのだけど、インプットをせずに、いろいろ考え事をしながら歩くことも多い。

 

歩く時間に、これまでやってきたことを振り返って頭の中で整理できることもあるし、体を動かすことですっきりして、ネガティブな感情を払い落とせるような感覚にもなる。

 

ハードなスポーツでも気持ちはすっきりするのだけど、スポーツに気をとられて、いろいろなことを振り返る余裕もないこともある。

歩きながらだと、何かを振り返ったり、考え事をする余裕がありつつ、体を動かしているから、前向きな方向に気持ちが向かいやすいということがある。

 

 

あと、今日思ったのは、ディスプレイ時間が長い現代に、歩くことは、否が応でも自分の意識を、リアルな外の世界に向けさせてくれる。

 

「共同菜園で農作業をしているおじいちゃんたちがいるな」

「杖をつきながらゆっくり歩いているおばあちゃんがいる」

「子供をベビーカーに乗せて歩いているお父さん、普段どんな仕事してるんだろう」

などなど。

 

全然たいしたこと考えてないのだけど、たとえ道行く人と一切会話することがなかったとしても、いろいろな他者を目にすることで、他者の存在に思いを馳せる時間が生まれる。それぞれの地域に、それぞれの人たちの暮らしが合って、GW最終日に家族連れで出かけている人もいれば、働いている人もいる。

 

組織にどっぷり所属していなくても、そんな、いろんな人がいる、肌の色も、年齢も、体の特徴もばらばらな人たちの社会のなかに一員として自分がいるんだな、とういう感覚になる。

 

 

もうひとつは、自分の性格に気づける。

 

たとえば、元々目指していた場所の手前に、気になる店が出てきたらそこに入っちゃったり、このペースで歩けば6万歩くらいいけるかも、と思っても、いや、数字が多いのが良いんじゃなくて、楽しむことが目標だったじゃん、と立ち止まれる自分がいたり。

 

数字とか形、先に決めた目標よりも、今を楽しむのが上手になってきたなと感じたりする。

 

そんなふうに、1日、普段と違う過ごし方をしたら、いろんなことに気づくものですね。

 

 

休みの日に、これまで歩いたことのない場所で、歩いたことのないような距離を歩いてみる。誰かと日を合わせて、ときどきリモートでお喋りしながら。

 

そんな遊び方はいかがですか?