書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

変わっていく日々のなかで、変わらないことがあるありがたみについて。

 

今日、同僚たちと東吉野にある人文系私設図書館、ルチャ・リブロに行く予定をしている。

朝、なんとなくスマホfacebookを見ていたら、いま新聞記者をしている高校からの友人が久しぶりに投稿していた。母校に関する記事を書いたのをシェアすると同時に、母校のある大阪市に今年から移動になったことを、高校のころの何気ないエピソードとともに紹介していたのだ。

 

大阪府の田舎出身の彼は大阪市の高校に入学し、1年生の最初のころに後ろの席の人に出身を聞いて「○○区」と答えられて初めて、大阪にも区があることを知ったのだという。

 

「○○区」と答えた友人は今は東北の海辺の市で海の研究をしていて、同じく当時大阪市内の隣の区に住んでいて彼の住む田舎を小馬鹿にしていた僕は、大阪を出て奈良に住んで鹿に癒される日々を送っている。

 

高校1年のときから、思えば12年がたつ。

干支が一周したと思えば、まだ一周かとも思う。

 

日日是好日のなかで著者の森下典子さんは、その歳の干支が書かれた茶碗が、正月とその歳の最後の稽古でしか使われることがないことを知って、12年に1度、たった数回しか使われないことに驚いたエピソードが書かれている。

 

そして12年後に同じ茶碗を見て、当時驚いた自分を思い出す。

 

それから12年たっても、彼女は変わらず茶道を続けていて、茶道を始めたころにライターを志していた女子大生は、茶道を始めて25年がたってから書いた自伝エッセイがヒットし、その16年後に映画化されて、さらに注目を集めることになる。

 

 

12年前、僕は高校生1年生で、まだやりたいことも見つかっていなかった。

しばらくしてから、精神病になった兄の影響で、心理学に興味を持って、大学で臨床心理学を専攻した。

学ぶなかで、自分自身のしんどさとも嫌というほど向き合うことができて、結局当初志していたカウンセラーにはならなったけれど、自分がしんどくならずに生きていく術を身に付けた。やがて障害福祉の今の職場に出会って、やめる気になれないくらいにおもしろい日々を送っている。

 

あれから数年に一度のペースで、兄は病気を発症して、今もちょうどそのことで苦しんでいる。

家族として心配もするし、楽になってほしいと思って役立ちそうな情報を伝えたりしている。兄は弟に心配をかけることを悪く思っているみたいだけど、家族が大変な時期に、そのことについて考えるときのフィーリングは、僕にとってはむしろ温かくて懐かしく穏やかなもので、自分をいるべき場所に戻してくれるような感覚だ。

 

兄のおかげで僕は好きな仕事に出会えたし、楽になってほしいと思って話を聞いたりするのは自分にとっても大事で、心が満たされて回復するようなことだ。

 

おかげさまで、12年前と変わらず僕は、人が生きることの大変さと向き合えていて、そのことは、興味のある方向にふらふらと流れて好きなように生きてしまいがちな自分を大事なところに戻してくれる。

 

楽しいことを追い求めることが、めぐりめぐって人の役に立ったり、人を幸せにしたりすることもあるだろうけど、しんどさに寄り添う気持ちを忘れたくない。

12年たっても、24年たっても。

 

12年後、僕は40歳になる歳を迎える。

子どもはいるんだろうか。どんな日々を送っているんだろう。

実際はそうは行かないだろうし、無我夢中で生きているのかもしれないけど、

穏やかで、包容力のある一面を、少しでも持った40歳になれたらいいと思う。

 

そのときまで、変わらずに続けていけることがあるといいな。