書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

他者から見た自分の定点観測

 

 

今日は嬉しいことがいくつかあって、書きたいこともたくさんあるのだけど、あえてひとつに絞ってみる。

 

大学時代にお世話になった恩師と、ずいぶん久しぶりに会ってきた。

こちらも久しぶりに会う、同じ学部の友人が先日、会おうと声をかけてくれ、時々一緒に飲みに連れて行ってもらったその恩師もその場に誘ってくれたおかげで、僕と恩師も再会できたのだった。

 

友人は大学院を休職して働いていた職場を先日やめて、来年から復学し、働きながら研究をするらしい。哲学を専攻している彼は、いつの間にか金髪になっていて、僕は彼を見て千葉雅也さんを連想した。見た目がちゃらい哲学徒、という共通点があるだけだけれど。「動きすぎてはいけない。」というタイトルの千葉さんの著書、学生の頃に流行って読もうとしたけれど、難しくてすぐに挫折したな。

 

今日一緒に飲んでいた恩師は、僕の母校の先生ではなくて、外部講師として発達心理学を教えに来てくれていた方なのだけど、授業がとてもおもしろくて、興味があったテーマについて質問に行ったら飲みに誘ってくださって、そのうち彼の放送大学の授業のTAまでさせてもらった。飼っているネコが大好きで授業中にスクリーンに写真を写すようなかわいらしい先生でもある。

 

もう70歳を超えている方なのだけど、学生のリアクションを大事にしていて、何をおもしろがるかを観察して授業をしてくれる人だった。だからか、40歳以上年下の僕らに対しても、とてもおもしろくて、しかもためになる話をしてくれる。自分は70歳になったとき、40歳年下の若者相手に、同じことができるだろうかと思う。

 

人を相手に発達心理学の研究をしているだけあって、観察眼がすごくて、ひとりひとりの学生の特徴を捉えたうえで、進路についてのアドバイスもくれるような人だった。

 

今日の先生の話も、今の自分にとてもためになるというか、自分の中にもともとあったいろんな断片的な考えがひとつに繋がって、このまま前に進んでいけばいいと思えるような内容だった。1を話したら、10で返してくれる。しかもその10がどれもおもしろくて、学びに溢れているような内容で、話を聞きながら僕や友人は、先生の話を抽象化して、自分の目の前のことを考える材料にしたり、あるいは、すでにある知識と結びつけて考えを進めていくということを、飲みながら頭をフル回転させてやっていた。

 

5年前、先生の家の屋上の庭でお酒を飲んだあとで書いたブログを思い出して、調べたら出てきた。あのときは主観と客観の話をしてくれた。

 

自分のしたいこと、と、周りの人のニーズの両方を考えること。周りが自分に何を求めているかを考えること。

独りよがりだった当時の自分には、とても響く話だった。

 

今日もまた、示唆的な話をたくさんしてくれた。

その話は、いつかまたしようと思う。

 

しばらくは、自分の中で大事に温めておこう。

今の仕事に就いたことや、結婚のことを喜んでくれたのも、嬉しかったな。

どうかこれからもお元気でいてほしい。

 

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