書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

ととのえる。

「ととのえる」あるいは「ととのう」という時に使う漢字は、整と調のふたつあって、「調」という漢字を書く場合には、前もって用意しておくこと、の他に、程よい加減にすること、望ましい状態にすること、といった意味があるらしい。

 

 

最近の僕の脳内キーワードが、「調える」という言葉だ。

職場や家での皿洗いや書類の整理、仕事や生活のなかでするべきことをこなしていくこと、「整う」という漢字があてはまる場合もあるけれど、望ましい状態、ちょうどいい状態にするほうのイメージがあって、ちょうど心地よい状態を目指して行動する、調えていくことを考えながら動いている。

 

 

自分にとってのちょうどよさを目指していくしかないんじゃないか、ということを最近は思っている。ライフスタイル、年収、ワークライフバランス、一日の食事の量、交友関係に、趣味に使うお金や、運動量・・・。

正解とか、万人が目指すべきものがなくなっていくなかで、少し生活に触れ幅を持たせながら、自分にとってちょうどいいバランスを見つけていく。

 

もちろん、社会というものがあって、国家とか、地域とか、会社とか家族とか、規模に関わらず共同生活をしている以上、社会が個人に求めるものは確実にあって、だけど、社会のニーズにどれだけこたえていくのか、というのも、もはや個人の裁量にずいぶんゆだねられているのかもしれない。他に自分にあったコミュニティがあれば移ることもできてしまう。

 

あらかじめ決められた絶対的な目標、ゴールがない人生で、自分たちでライフワークとか、life-long dreamのようなものを設定して、自分にあったペースで向かっていく。

 

自分にあったペースで暮らす。そこにあわせて調えていく。

理想とか、ありたい自分が漠然とでもわかっていれば、そこに向かっていくことも「調える」だし、無理のないペースを見つけて日々努力していくことも、「調える」なのだと思う。そんなことを最近は考えている。