書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

静かに人と過ごせる場所

 

 

昨日からの大降りの雨がやんで、おとといまでの日中の暑さが嘘のように涼しくなった5月の終り、宿直明けの今日。

 

自粛ムードが消えつつあるなかで、なんだか少し寂しさを抱えていた。

世間が元に戻っていって、ゆったりした日々がもうすぐなくなってしまうこともそうだし、ある程度自由に人に会ってもよくなったのに、話したいときに軽く誘ってすぐに会える友人が近くにいないことにも、なんとなく物寂しさを覚えていた。

 

こないだ彼女が遊びに来たときに将棋を買って指していた。

子どものころに父親に教えてもらって夢中になって、仕事から帰ってきた父によく付き合ってもらった将棋。しばらくして父の仕事が忙しくなって、相手をしてもらえなくなったのだった。もうあと数年で30歳になるというのに、いまの寂しさはそのときの感覚と似ているのかもしれない。指したいときに将棋に付き合ってもらえる人が、一人暮らしの僕の家の近所にはいない。奈良に越してきて3年になろうとしているというのに、職場以外で仲の良い友人を作れていない。案外みんなそんなものなのかもしれないけど。

 

 

将棋をさせなくてもいいから、今日は誰か人と話したい気分だった。最近初めてひとりで入った駅前の焼肉屋さんにいけば、カウンター席で店長とちょっと喋れるかもしれない。少しこわもての店長だけど、常連さんとの会話は気さくだったから、1000円でホルモン盛り合わせとドリンク2杯がついてくる「せんべろセット」を頼んでまたひとりでべろんべろんになったら、今回は僕にも何か話しかけてくれるかもしれない。けれど20代の男が1週間に2回も(しかも日曜の昼から)一人でホルモンを食べに行くのは余計に寂しい感じがするから、ホルモンは来週にしよう。

 

こういうときは、個人経営のカフェだ。

川の近くの静かな商店街にあるカフェは、店名の札の横に「本と珈琲」の文字が書かれている。

 

ここは金・土・日曜しか開いていないのだけど、珈琲と、2~3センチ四方の小さなチーズケーキと生チョコレートが可愛らしい木のお盆に載ったセットが、ワンコインで頼める。そのうえいくつかの本棚にあるたくさんの本が読み放題という、なんとも幸せな珈琲屋さんだ。

 

以前行ったときはJpopのオルゴールが流れていたのだけれど、今日は洋楽のオルゴールだった。店に入ったときにかかっていたのが、Jack JohnsonのGood People。ここに来る直前に、家でウクレレを弾こうと思っていて調べていた曲だった。なんて偶然。

 

一応図書館で借りた小説とエッセー集をかばんに入れて持ってきていたのだけれど、せっかくなので店の本棚を見る。「365日のスプーン」という、1月1日から12月31日までの1日1日に短い日記のような短文が書かれた本が気になって手に取った。

5月31日。今日の日付をめくると、「寂しい気持ちを恥じなくていい。「愛されたい」のはみんな一緒」というようなことが書かれていた。いまの自分にぴったりの言葉でびっくりした。

 

そうか、自分は愛されたかったのか。誰かと一緒にいたいって、愛情をもらいたいってことなのかな。そういえば、「愛するとはその人のために時間をかけること」って誰かが言ってたなあ。

 

店には、コロナでしばらく子どもと会えていない男性と、明日から学校が再開する学校の先生がいて、帰り際に店長さんと話をしてから出ていった。ここに来れば店長さんがいて、同じ空間で静かに本が読めて、帰り際に話ができる。この場所はきっと、2人にとっても、この場所は大事なんだろう。

 

甘いものと珈琲をいただきながらしばらく本を読んでいたら、心が満たされてきた。

 

帰り際に少し話すと店長さんは「好きな本があったら借りていっていい」と言ってくれた。最近はまっている松浦弥太郎さんの「場所はいつも旅先だった」と、久しぶりに読んだ川上弘美さんの「なんとなくな日々」を借りて帰る。

 

エッセーを読むことも、本の貸し借りも、孤独を心地よく和らげてくれる。

 

図書館が閉まっていた期間に始めた職場の貸し本棚、これからも少しずつ充実させていこう。