書きながら考えたこと。

奈良で暮らす20代の男の、とりとめのない日々の記録です。

なんでもないものを使い続けて好きになること。

「今あるものに愛着を持つこと」と、「いつもの風景を違う見方で捉えること」についての学び。|もりもと こうへい|note

 

noteに、今もっているものを長く使い続けることについての文章を書いた。

もう少し、書きたいと思うことができたので、はてなブログに続きを書いてみる。

 

以前、「人の暮らしに入っていく仕事」について、まとめたときもそうだったけど、noteに書いたあとで、書きたかったことちゃんと書けてない気がして、でもまた同じ媒体に書くの、ちょっとうるさいかなって思って、こっちに書いてみるのだ。

 

 

 

価値が高くないものを使い続けてじわじわと価値を持たせる。

僕がここで言う「価値」というのは、超主観的な、その人だけにとっての価値であって、どれだけ魅力を感じるか、というようなことである。

 

たとえば、ハイテクで便利な機器とかおしゃれな家具とか、デザインの素敵な車とか、伝統工芸の食器のような、ある程度多くの人が魅力を感じるものに魅力を感じることは僕ももちろんあって、多くの人がが魅力を感じ、価値があると信じるものと言ったら「お金」がその最たるものなにかもしれないと思う。「素敵なパートナー」とか、「信頼できる友人や先輩」「自分の子ども」、の方がもっと価値がある、という人の方が多いかもしれないけれど。

 

たとえば投資によって、お金を少しずつ増やしていくようなことができたらとても喜ばしいことだと思う。価値のあるものが増えていく、というのは嬉しいことだ。

 

一方で別軸として、その人しか感じられない価値、というのもあって、それが特定のものに対する愛着だったりする。「そのときは彼によろしく」という小説のなかで、少年期の主人公は何でもないような川辺の水草を観察する時間を愛するし、少年の友人は美しいゴミの絵を描くことに、放課後の何時間もの時間を費やす。

 

 

noteに書いた、僕が長く使い続けているもの、弁当箱、筆箱、スマートフォンは、決して同じカテゴリーのもののなかで高級な方ではない。弁当箱や筆箱は普通にホームセンターや文具屋で売られていたものだし、スマートフォンはY!mobileのショップで比較的安く買ったものだ。けれど、何年も使っているうちに愛着がわいて、できればこれからも長く使い続けたいと思うようになる。

 

最近僕が愛用しているものに、100円ショップで買った薄いプラスチックのコップがある。平べったい蓋がついていて、レンジで温めるときや、長い時間温かい飲み物を手元に置いて作業しながら少しずつ飲みたいときに便利だ。

 

軽いから、アウトドアに持っていって、外で温かい飲み物を飲むのにも使える。蓋をしておけば砂埃も入らずにすむ。

 

コップの内側についた、小さな傷についた汚れがめだっていたけれど、薄めたハイターに数十分入れておけば、新品同様にきれいになった。そうやって長く使っているうちに愛着がわいてきて、自分にとっての価値が高くなっていく。

 

そうやって時間をかけて好きになっていけば、安いものでも魅力を感じることができる。

安いものの大量消費に対する反動として、高いものを大事に長く使う、ことを言われがちだけど、安いものでも長く使えば、主観的な価値が出てくる。

 

そうやって価値を持たせることは、もともと高い価値のあるものを使い続けることと同じかそれ以上に、喜ばしいことなんじゃないかと思っている。

 

 

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前にnoteに書いた「人の暮らしに入っていく仕事」についての文章と、

そのあとにHatena Blogに書いた文章もついでに。半年ほど前に書いたものです。

 

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